第6話 影は内側に
首相官邸侵入事件から六時間。
東京は何事もなかったかのように夜を迎えていた。
だが国安本部の地下では、空気が張り詰めている。
地下会議室。
如月は六人を前に、ひとつの端末を卓上に置いた。
「……官邸の顔認証システムを書き換えた権限は、
三つしか存在しない。」
静寂。
「官邸警備統括、内閣官房IT責任者、
そして――国安。」
神田が低く唸る。
「……つまり、俺たちの中に?」
「断定はしない。」
如月は冷静に続ける。
「だが、可能性は排除しない。」
疑念は、刃のように場を切り裂いた。
黒瀬はモニターに、いくつかのログを映し出した。
「問題のアクセス。
暗号鍵は“国安第3世代キー”。
これ、十年前に廃棄されたはずなんだ。」
槇村が眉をひそめる。
「廃棄された鍵が使われた……?」
「正確には、“廃棄されたことになっている”。
当時の管理責任者は――」
黒瀬は一拍置いた。
「如月統括、あなたです。」
空気が凍りつく。
誰も言葉を発せない中、
如月は静かに口を開いた。
「……十年前、国安内部で“裏切り”があった。」
天野が目を細める。
「記録にはありません。」
「消した。
国家に混乱をもたらさないために。」
如月の声には、後悔が滲んでいた。
「当時、三人の隊員が任務中に死亡した。
だが、真実は――
内部の人間に位置情報を流されていた。」
嶺が静かに言う。
「その裏切り者は……?」
「死亡したことになっている。」
重い沈黙。
「だが、もし生きていたとしたら……
“廃棄された鍵”を持っていても不思議ではない。」
槇村が口を開く。
「十年前の資料、ほとんど消されています。
でも一つだけ、不可解な点がある。」
彼女は一枚の写真を映す。
ぼやけた集合写真。
その端に、顔が意図的に切り取られた人物がいた。
「この人だけ、名前も顔も無い。
存在していた“痕跡”だけが残ってる。」
天野が呟く。
「……記録から消された人間。」
如月はその写真を見つめ、低く言った。
「コードネームは――
〈ツクヨミ〉だった。」
全員が息を呑む。
嶺が静かに問いかける。
「……鍵の名前と、同じ?」
「偶然じゃない。」
如月は断言した。
「“神の鍵”の名は、
かつて国安に存在した“守護者”のコードネームだ。」
天野が繋げる。
「アマテラス、スサノオ、ツクヨミ……
全員、明治以降に存在した“初代国安”の精鋭。」
槇村が震える声で言う。
「つまり……
“鍵”は、人の意思を引き継ぐ象徴……?」
「そうだ。」
如月は静かに頷いた。
「そして、十年前に消えた〈ツクヨミ〉が、
いま“鍵”を狙っているとすれば……」
神田が拳を握る。
「敵は、国安の“亡霊”か。」
黒瀬が再び警告を出す。
「三日後の“夜明け前”。
その時間帯、
国会議事堂地下の電力系統に不審な負荷予測が出てる。」
天野の声が冷える。
「……部屋を開ける気だ。」
如月は、全員を見渡した。
「国安事例No.89は、
過去と現在の決着だ。
敵が“ツクヨミ”なら――
我々は、守る側として戦う。」
彼は、最後に言った。
「……これは、私の責任でもある。」
会議室を出る六人。
それぞれの胸に、違う感情が渦巻いていた。
守るべき国家。
信じてきた組織。
そして――
裏切りの記憶。
三日後の夜明け前。
国会議事堂地下で、
すべてが明らかになる。




