第5話 静寂の侵入者
正午過ぎ。
首相官邸の中庭には、冬の日差しが穏やかに差し込んでいた。
警備は通常より三段階引き上げられている。
それでも、空気は奇妙なほど落ち着いていた。
神田竜二は、官邸内部の廊下をゆっくり歩きながら、
わずかな違和感を探していた。
「……静かすぎる。」
それが、最も危険な兆候だった。
神田のイヤーピースに、黒瀬の声が入る。
『神田、今から官邸内部の通信を再チェックする。
さっきの“0.7秒遅延”、偶然じゃない。』
「敵の探りか?」
『いや……侵入の準備だ。
通信を“完全に切る”前に、
人間が違和感を覚えないギリギリを測ってる。』
神田は拳を握る。
「つまり――」
『――来るよ。』
その時、一人の官邸職員が神田の前を横切った。
三十代半ば。資料を抱え、少し焦った様子。
「失礼します」
普通の光景。
だが神田は、その歩幅に違和感を覚えた。
一定すぎる。
訓練された兵士特有の歩き方だ。
「待て」
神田が声をかけた瞬間、
職員は振り返りざま、神田の喉元に手を伸ばした。
――速い。
神田は反射的に腕を払う。
次の瞬間、職員の“顔”が歪んだ。
皮膚の下から、別の輪郭が浮かび上がる。
「……ちっ」
男は低く舌打ちし、窓へと走った。
警報が鳴る。
《官邸内 非常遮断モード》
照明が一段落ち、シャッターが降りる音が響く。
神田は無線に怒鳴った。
「侵入者確認!
職員に成りすました敵だ!
総理執務室を最優先で守れ!」
同時に、国安本部へも情報が走る。
地下分析室。
天野は即座に状況を把握した。
「敵は“鍵”そのものを盗りに来ていない可能性が高い。」
嶺が問う。
「じゃあ目的は?」
「見せることだ。
“ここまで来れる”と示すための侵入。」
槇村が険しい顔で言う。
「……心理戦ね。」
黒瀬が叫ぶ。
『官邸の顔認証システム、
内部から一瞬だけ上書きされた!
完全な内部協力……いや、
内部の“権限”を使われた。』
天野の目が細くなる。
「……国安の“誰か”が関与している可能性も否定できない。」
その言葉に、室内が凍りついた。
官邸の非常階段。
神田は侵入者を追い詰めていた。
「観念しろ」
男は振り返り、ゴーグル越しに笑った。
「……さすがだ、国安。」
その一言で、確信した。
「俺たちを知っているな」
「当然だ。
“鍵を守る番人”だろう?」
男は小さな装置を床に落とす。
「次は――」
閃光。
白い光が階段を満たす。
神田は目を閉じ、体を伏せた。
数秒後、視界が戻った時、
侵入者の姿は消えていた。
床に、ひとつだけ残されたものがあった。
小さなカード。
そこには、翼の紋章と、短い言葉。
――
「三日後、夜明け前。
鍵は“揃う”。」
神田はカードを握りしめる。
「……宣戦布告かよ。」
国安本部。
如月は全員を前に、静かに言った。
「敵は、我々の“守り”を試した。
次は――本気で来る。」
天野が問う。
「三日後、という期限は?」
「……決戦の日だ。」
如月は一拍置き、続けた。
「これより国安は、
攻勢に転じる。
鍵を守るだけでなく、
敵の“心臓”を突き止め、先に潰す。」
六人の目に、迷いはなかった。
東京の夜が、再び訪れる。
三本の鍵。
国家の禁忌。
そして、三日後の夜明け。
すべてが交差する時が、刻一刻と近づいていた。




