第4話 二つの護り、ひとつの亀裂
午前9時。
東京はいつも通りの朝を迎えていた。ニュース番組は天気と株価を伝え、街は平穏そのもの。
だがその裏側で、国安は二つの“神の鍵”を同時に守るため、分断された。
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■皇居・宮内庁 警護ライン
八重樫灯は、皇居内の警護動線を無言で歩いていた。
表向きは通常警備。しかし実態は、“アマテラス”を狙う未知の敵への完全警戒だ。
宮内庁警護官の一人が小声で話しかける。
「八重樫さん、昨夜から不審な動きは?」
「……今のところはありません。
ですが“静かすぎる”のが不自然です。」
八重樫の視線は、周囲の影に向けられていた。
敵は必ず来る。
来ないのではなく、“来る時を選んでいる”。
その時、八重樫のイヤーピースに短い通信が入る。
『――八重樫、そっちはどうだ』
如月だ。
「異常なし。ただし、予感があります。
敵は力攻めでは来ない。」
『同感だ。注意を怠るな。』
通信が切れ、八重樫は一瞬だけ拳を握りしめた。
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■首相官邸・地下動線
一方、神田竜二は首相官邸の警備責任者と並んで歩いていた。
「SP増員、導線変更、非常時避難ルートの再確認。
やれることは全部やったな。」
神田は壁を叩くように言う。
「“正面”は守れても、内部はどうだ?」
警備責任者が言葉に詰まる。
「……官邸職員は全員、身元確認済みです。」
「“確認済み”が通用しない相手とやり合ってる。
それを忘れるな。」
神田の視線は、官邸の奥――
総理執務室の方向に向けられていた。
スサノオは、すでに狙われている。
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■国安・臨時分析室
天野、嶺、槇村、黒瀬は、地下の分析室に集まっていた。
壁一面のモニターには、港湾、空港、金融システム、通信網――
あらゆる国家インフラのログが流れている。
「槇村、金属粉末の結果は?」
天野の問いに、槇村が即答する。
「特殊合金。民間流通なし。
しかも……製造工程が“日本仕様”なの。」
「日本仕様?」
嶺が身を乗り出す。
「ええ。工具の精度、材質配合、ミクロン単位のズレ……
国内の防衛関連企業の基準に近い。」
空気が張り詰める。
黒瀬がゆっくりと口を開いた。
「……つまりさ。
ウイング・コードは“外”だけど、
協力者は“中”にいる可能性が高いってこと。」
天野は無言でモニターを見つめた。
「内部協力者がいるなら、
次の動きは“鍵そのもの”じゃないかもしれない。」
「どういう意味?」と嶺。
「鍵を揃える前に、
守る側を分断・疲弊させる。
それが合理的だ。」
■
その時、警告音が鳴った。
「来た!」と黒瀬。
モニターに、赤い警告が表示される。
《日銀関連システム 一部に異常アクセス》
天野の声が低くなる。
「……ツクヨミは奪われた。
それでも“日銀”を揺さぶる理由は?」
黒瀬がキーボードを叩きながら答える。
「陽動だよ。
“ツクヨミはここにある”って思わせたい。
もしくは――」
言葉を切り、黒瀬は一瞬だけ笑った。
「――別の場所で何かをやる準備。」
■官邸
同じ頃、首相官邸。
神田のイヤーピースに、短いノイズが走った。
『……ガ、……神田……』
如月の声だ。
「統括? どうしました?」
『官邸内部の通信に……
“0.7秒の遅延”が発生している』
神田の表情が変わる。
「……通信遅延は、
**侵入前の“探り”**だ。」
その瞬間、官邸内の照明が、ほんの一瞬だけ揺れた。
誰も気づかないほど、微かな違和感。
だが神田は見逃さなかった。
「……来るぞ。」
■
港区の倉庫。
ツクヨミを保管する男たちは、別の映像を見ていた。
皇居、官邸、日銀。
それぞれの警備網が、点と線で可視化されている。
リーダー格の男が、淡々と告げる。
「国安は分断された。
“守り”に意識を取らせている今が、最も脆い。」
部下が問う。
「次は、どこを?」
男は迷わず答えた。
「――首相官邸。
スサノオを“見せしめ”として揺らす。」
画面が暗転する。
■
東京の空は晴れている。
だが、国の中枢では確実に何かが軋み始めていた。
二つの鍵は守られている。
しかし――
守っているはずの側に、見えない亀裂が生まれていた。




