第3話 亡霊の影
午前4時。
空がうっすらと青みを帯び始める頃、加賀谷邸の裏手には冷たい風だけが流れていた。
国安の六人は、八重樫が見つけた金属片を囲むようにして立っていた。
小さな翼の意匠が刻まれた金属片――
それは、かつてヨーロッパの闇社会で噂された秘密部隊、
**〈ウイング・コード〉**の識別片に酷似していた。
嶺がしゃがみ込み、金属片を慎重に拾い上げる。
その表情は、いつもより明らかに険しい。
「……ウイング・コードは十年以上前に壊滅したはず。
国際協力の元で殲滅作戦が行われ、生き残りはゼロと報告されています。」
天野が眼鏡の奥から鋭い視線を向ける。
「“壊滅した”と報告された部隊が復活しているとすれば、
今回の事件は“日本だけの問題”に収まらない。」
黒瀬が腕を組んだ。
「でもこれ、偽装の可能性もあるよ?
名前を借りて混乱を誘うとかさ。
実際、こういう“亡霊偽装”は海外諜報戦じゃ常套手段だし。」
しかし八重樫は、短く静かに否定した。
「……この金属片、使い方を知ってる者しか使えません。
偽装には“過剰すぎる正確性”があります。」
その一言に、全員が黙った。
ただの盗難事件ではない。
――国家の奥底に潜む“何か”を狙う、国境を越えた敵がいる。
神田が裏手の壁に近づき、地面を見下ろす。
「ここ……踏み板の跡がある。
壁を越えたんじゃなくて、上から降りてきたな。」
「ヘリ?」と槇村。
神田は頷く。
「この狭さじゃ普通のヘリは無理だろうけど……
小型の軍事用“サイレントローター”なら可能だ。」
嶺がすぐにスマホ端末で周辺の航空情報を確認する。
「……昨夜深夜1時〜2時半の間、
民間航空の記録に“ノイズ”がありました。
消された航跡が……一つ。」
黒瀬が苦笑する。
「空まで消すか……ずいぶん大掛かりだね。
本気でやってるってことだ。」
全員が揃って如月統括のもとへ戻ると、
彼は一枚のファイルを開いていた。
「……敵は鍵を奪い、どこかへ運んだ。それは間違いない。
だが、すぐ国外へは出ていないはずだ。」
全員が如月を見る。
「理由は?」
如月は、淡々と答えた。
「“三本”が揃わなければ意味がないからだ。」
天野の視線が鋭くなる。
「つまり、アマテラスとスサノオ――
残る二本の鍵も狙われる、と。」
如月は小さく頷く。
「その通りだ。
敵は必ず、次の一手を打ってくる。
まずは鍵の持ち主である二人のSP体制を即時強化する。」
八重樫が静かに前へ出た。
「私が宮内庁側の護衛と連携を取ります。
警護課として“陛下の鍵”を守ります。」
神田も拳を握る。
「じゃあ俺は首相官邸に回る。政治家は狙われやすい。」
如月は二人に頷き、天野・嶺・槇村・黒瀬には別の任務を告げる。
「お前たちは敵の正体と位置を割り出せ。
72時間以内に“ツクヨミ”の行方を掴む。」
その声に、一切の揺れがなかった。
■―暗がりの倉庫
港区の海沿い。
貨物用の大型倉庫の一室に、黒い姿の三人が立っていた。
部屋の中央には、小さな黒いアタッシュケース。
その中に――
“ツクヨミ”と呼ばれる銀色の鍵が静かに収まっている。
その一人が無線で何かを呟く。
「……Phase1、完了。
Phase2は“本日22時”、予定通り。」
返ってきたのは、低く、歪んだ声。
『――よくやった。
残り二つを手に入れろ。
“三本が揃う時”、計画は始まる。』
無線の音が途切れ、静寂が落ちる。
黒いゴーグルの男は、アタッシュケースを見下ろして小さく呟いた。
「……国の心臓を開くのは、我々だ。」
倉庫の薄光の中で、“ツクヨミ”が妖しく反射した。
加賀谷邸を後にする国安の車両。
天野は車内で横目を嶺に向ける。
「嶺。ウイング・コード……本当に復活したと思う?」
嶺は目を細めた。
「……壊滅したというのは“表向き”の話ですよ。
闇は、いつも表では死なない。
生き残っていたとすれば――日本を狙う理由はひとつ。」
「理由?」
嶺は静かに言った。
「この国にしか“存在しない何か”を手に入れるためです。」
その言葉は、暗い車内に静かに沈んだ。




