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異世界人の名前になかなか慣れない

 朝、目覚めたら異世界にいた。


 暗い森の中、ちいさな緑色の盗賊にいきなり取り囲まれていたので、すぐにそうだとわかった。

 それに自分の鼻が、見える。

 日本人の低い鼻じゃないコレ、とすぐにわかった。


「ヒヘヘヘ、お嬢さん!」

「俺たちはゴブリンだブ!」

 盗賊たちが説明的なセリフで教えてくれた。

「その、着ている綺麗なおべべを貰おうか」

「そいつを脱いで置いていってくれりゃ、命までは取らないブ!」


 あたしは言った、のんびりした口調で──

「へー……、ゴブリンの語尾って『ブ』なんだ?」


 ここが異世界らしいことはすぐにわかったが、それでも夢を見ているのかもと思ってた。それを信じたかった。


 あたしの呑気な口調にゴブリンたちが激怒した。


「バカにしてんのかブ!」

「命までは取らないでおいてやろうと思ったが──」

「そんな態度だと殴りたくなってきたブ!」


 ゲンコツで頭を殴られた。

 ショックであたしの金色の長い髪が跳ねた。

 脳しんとうみたいな痛みに、これは夢じゃないと確信した。


「コイツ、殺してペットのトカゲの餌にするブ!」

「まずは身ぐるみ剥げ! ハゲ!」

「ハゲブダイ! ハゲブダイ!」


 ようやく危機がリアルなことを悟って、あたしが悲鳴をあげかけたその時──


「おい、ゴブリンども」

 鬱陶しい森の空気を清々しい風が切り裂くような、優しいテノールの声が響いた。

「そのお嬢さんに悪戯するのをやめろ」


 ゴブリンに取り囲まれながら振り向くと、白馬にまたがった王子様がそこにいた。腰の剣に手をかけて、今にもそれを抜こうとしている。


「プギャー!」

 ゴブリンたちはなぜかそのひとを指さして爆笑しながら、

「プギャー!」

「プギャッギャー!」

 それでもすぐに逃げていった。



 ゴブリンたちがいなくなると、薄暗かった森の木立から急に光が射し、スポットライトみたいにあたしと王子様を照らした。


「お怪我はありませんか、お嬢さん?」

 白馬の上から王子様が降りてきた。


 あたしは王子様とお話なんかするのに慣れてなかったので、どもりながら頭を下げた。

「あっ、だっ、大丈夫です……っ。あのあの……危ないところを助けていただき、ありがとうございました」


「貴女のことは存じております」

 王子様があたしの足下にかしずいた。

「王女さま……。お助けすることが出来て光栄にございます」


 王女さま……?


 あたし、王女さまの体に転移しちゃったの?


 内心オロオロしながらも、王女ならちょっと偉そうにしなくちゃと思って、あたしは身分が下であろう彼に、上から目線で言った。


「ほんとうに……助かりましたわ。貴方が通りかかってくださらなければわたくし、どうなっていたか……」


「誠に……」

 イケメンが目を閉じ、再び傅くと、凛々しい唇を動かして、言った。

「幸運でございました」


「あっ……、あの……」

 ドキドキしながら、あたしは彼に聞いた。

「お名前を……その……ごめんなさい、わたくし、貴方のお名前、存じてましたかしら?」


「いえ。私ごときの名など、王女さまがご存じのはずはございません」


「お聞かせ願えるかしら? その……、助けていただいたお礼もしたいですし……」


「はっ」


 彼の美しい唇が、動いた。

 張りのある、色気を含んだ男性の声が、その名を名乗った。

 あぁ……、どんな素敵なお名前がそこから発せられるのだろうと思っていると──


「ニョーイ・ピスピスピー・ベンションでございます」


 わたくしの瞳にキラキラの洋式便器の光がたくさん浮かびました。


 ニョーイ……


 ピスピスピー・ベンション……


 恋に落ちそうだった心が、あっという間にすっかり醒めた。




 ◇ ◇ ◇



 この世界はまるでヨーロッパの歴史を描いた少女漫画のように、麗しい殿方で溢れていた。

 ニョーイ・ピスピスピー・ベンションさまの白馬の後ろに揺られてあたしがお城に帰ると、光り輝くようなイケメンが6人、奥から駆け出してきて、あたしを出迎えてくれた。


「姫!」

「心配しておりましたぞ!」

「おぉ……! 君は確か……騎士団のニョーイ・ピスピスピー・ベンションだな? 王女さまをゴブリンから救ってくれたのか。礼を言うぞ」

「王に報告しておこう。後に王直々に褒美を取らせることになるだろう」


「あの……」

 あたしはニョーイさまの手を借りて馬から降りると、6人のイケメンに言った。

「みなさんは……わたくしの……家来か何か……?」


「大変だ!」

 6人のイケメンがどよめいた。

「王女さまが記憶喪失だ!」

「ゴブリンに襲われたあまりの恐怖に我々のことをお忘れになってしまったらしい!」


 それぞれに名前を教えてくれた。

「私は王女さまのお世話役のミミクソ・ゴッツイ・トレターナでございます」

「僕は遊び相手として雇われてるキン・タマヒカルです」

「俺はあんたの格闘術の師匠、ムナゲッティ・ビートソースだぜ」

「それがしは王女さまの剣術教師、ダニオル・カユ・セナカイーノでござる」

「わたくしの名をお忘れですか!? この、ゴキブリ・ゴキゴキ・ベッチャーの名を!?」

「医術師のオレが必ず治してやんよ、プリンセス……。あんたの記憶喪失をな。この、チューニビョー・クチダケ・リッパさまがな!」


 頭がクラクラしてきた……。


 なんなの、この異世界……。


 みんなこんな名前なのー!?




 帰りたい!




 ◇ ◇ ◇



 結局、あたしは元の世界に戻れなかった。

 異世界転移して20年も経てば、諦めもつくってもんよね。


 慣れてしまえばここはとてもいいところ。平和だし、清潔だし、食べ物もとても美味しい。

 外出すると大抵襲ってくるモンスターには慣れないけど、ムナゲッティとダニオルがいつでも側についていて、守ってくれる。自慢じゃないけど自分だって結構、強いし。


 何より最愛の夫がいる。

 彼があたしを一番守ってくれる。

 あぁ……、その名はゲリダゴーウ・ブリゲロビッチ! 逞しいその胸に頬を寄せて、今日もあたしは世界一幸せだ!

 二人で名前をつけた2人の息子、トグロとへモロもかわいい!

 まだ5歳の娘の名はウンコ。いい名前でしょう?


 え? 


 この異世界の人名に慣れちゃったのかって?


 慣れたわよ、そりゃ。


 だって自分の名前がゲリトマラーヌ・ブリゲロビッチだったんですもの!






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― 新着の感想 ―
wwwwww面白いですねw部屋で一人でくすくす笑ってしまいましたw 名前が超個性的ですね笑ていうか、よくそんなすぐに慣れましたねー!子どもたちのお名前、もっといいの思いつきませんでしたか...?w 自…
どれも個性的な名前ですけど、日本語を忘れてしまえば意外となんとかなる? (・–・;)ゞ チューニビョー・クチダケ・リッパはそのまま読め過ぎて、笑いましたw
そりゃ慣れるしかないわ……(´;ω;`)
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