第五話:監視者と、王子の葛藤
大商人エルネストとの出会いから数日後、孤児院に一人の騎士が姿を現した。
彼は、王国騎士団に所属するディラン・フォン・グレイという青年だった。
彼の目的は、レオナルド殿下の命令で、セレスティーナを監視すること。
レオナルドは、セレスティーナの幸せそうな噂を耳にし、その真偽を確かめるため、信頼する騎士であるディランを送り込んだのだ。
ディランは、孤児院の周りを静かに見守る。
彼の目には、貴族の令嬢らしからぬ、質素な服を着て、子供たちと笑顔で接するセレスティーナの姿が映っていた。
彼女は、子供たちに料理を教え、勉強を教え、時には一緒に笑い合い、楽しそうに過ごしていた。
ディランは、最初は彼女を罪人として見ていたが、その献身的な姿を目の当たりにするうちに、次第に疑問を抱き始める。
これほどまでに、子供たちに深い愛情を注ぐ女性が、本当に国家反逆罪を犯すのだろうか?
数日間の監視を終える頃には、ディランは確信していた。
セレスティーナ・フォン・エトワールは、無実だ。
ディランは、王都に戻ると、すぐにレオナルド殿下の元へと向かった。
「殿下、ご命令通り、セレスティーナ様を監視してまいりました」
「報告しろ、ディラン。あの女は、今も我々への復讐を企んでいるのか?」
レオナルドの声は、焦燥と苛立ちを含んでいた。
「いえ、殿下。セレスティーナ様は、子供たちと幸せに暮らしておられます。復讐など、企ててはおられません」
ディランの報告を聞き、レオナルドは安堵の表情を見せた後、苦々しい顔で告白を始めた。
「……そうか。ならばよかった。私が、セレスティーナを追放した真の理由を話そう」
レオナルドは、深いため息をつき、静かに語り始めた。
「あの頃、王家はグロース公爵家の陰謀によって、王位継承争いが激化していた。エミリアが、セレスティーナを陥れるために、財政機密の偽装をでっち上げた時、私は、彼女がこの権力争いに巻き込まれることを恐れたのだ」
ディランは、驚きで言葉を失った。
「セレスティーナを、権力争いから『保護』するために、あえて辺境へ追放するという苦渋の決断を下したのだ。彼女を、権力争いの渦中に置くわけにはいかなかった」
レオナルドの言葉は、彼の内なる葛藤と苦悩を物語っていた。
彼は、セレスティーナを愛していた。だからこそ、彼女を遠ざけるという、最も残酷な方法を選んだのだ。
ディランは、その告白を聞き、レオナルドへの忠誠心と、セレスティーナへの想いの間で揺れ動くのを感じた。
登場人物紹介(第五話時点)
セレスティーナ・フォン・エトワール
侯爵令嬢。子供たちとの絆を深め、本当の家族の温かさを知っていく。
ディラン
王国騎士団に所属する騎士。レオナルドの命令でセレスティーナを監視するが、彼女の無実を確信する。
レオナルド
第二王子。セレスティーナを追放した真の理由が、彼女を権力争いから「保護」するためであったことをディランに告白する。