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閑話1:前世の記憶と、悪役令嬢の矜持

 王宮の謁見の間。神聖な空気に満ちたその場所で、わたくしは声高に婚約破棄を告げられた。

 目の前には、冤罪でっち上げの張本人である第二王子レオナルド殿下と、純白のドレスに身を包んだエミリア・フォン・グロース。彼らが仕組んだ茶番劇を、わたくしはただ静かに見つめていた。


 不貞を働いた悪女として、王子の婚約者という座を奪われ、最終的には辺境へと追放される。ああ、まさしく、ありきたりな物語の悪役令嬢だわ。


 しかし、わたくしが彼らに陥れられた罪は、単なる不貞などという可愛らしいものではなかった。レオナルド殿下が口にしたのは、王国の財政機密の漏洩という、国家反逆罪に等しい罪だった。

 彼がこの罪をでっち上げたのは、権力欲が強い彼自身が、わたくしを権力争いから遠ざけるためだったのだろう。


 馬鹿な男ね。そこまでするのなら、なぜ、わたくしに最初から話してくれなかったのかしら。


 わたくしは、罪を認め、王宮を後にした。

 用意された馬車に揺られ、辺境へと向かう。


 窓の外を流れる景色は、わたくしが知る華やかな王都のそれとは全く違っていた。

 追放された身。もはや、わたくしに何の価値もない。


 絶望に打ちひしがれ、わたくしは、ふと、前世の記憶を思い返していた。


 前世のわたくしは、管理栄養士として、たくさんの人々の健康を支えていた。病気で苦しむ人、心を病んだ人。彼らを救うことが、わたくしの仕事だった。


 この世界に転生してからも、前世の知識(管理栄養士、心理学)が詰まったノートだけは、なぜかわたくしの手元に残っていた。


 侯爵令嬢として、不自由のない生活を送っていたが、貴族社会のしきたりや、建前だけの人間関係は、わたくしの心を疲弊させた。

 孤独だった。


 そんなわたくしにとって、前世の知識は、唯一の心の拠り所だった。

 いつか、この知識を活かして、本当に誰かの役に立ちたい。そう願っていた。

 しかし、この世界では、その知識を活かす場所など、どこにもなかった。

 高慢で皮肉屋な「悪役令嬢」の口調は、孤独な自分を守るための仮面でしかなかったのだ。


 馬車は、荒涼とした大地をひたすら進んでいく。

 もう、前世の知識を活かせる場所など、見つからない。

 このまま、わたくしの第二の人生は、腐りゆくのだろう。


 絶望に打ちひしがれながらも、わたくしは心の中で、自分を奮い立たせるように呟いた。


 「…馬鹿な男ね、わたくしに逆らうなんて」


 この言葉は、レオナルドに向けられたものではなく、何もかも見失ってしまった、孤独な自分自身に向けられた、最期の強がりだったのかもしれない。

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