第四話:小さな反撃、そして謎めいた大商人
セレスティーナと子供たちが家族になってから、半年が過ぎた。
子供たちは、セレスティーナの指導のもと、心身ともに見違えるように成長していた。
ルカは魔力を制御する呼吸法を完璧に習得し、ハンスは剣の訓練に没頭する毎日を送る。
リリィは、孤児院の庭で育てた薬草を乾燥させ、隣の村で売り始めるようになった。
すると、その薬草の品質が評判を呼び、次第に孤児院の評判も広まっていった。
「セレスティーナ様、これ、今日の売り上げです!」
リリィは、嬉しそうに小さな革袋を差し出す。中には、ずっしりと重い銀貨と銅貨が入っていた。
「…あら、優秀なこと。わたくしの指導の賜物かしら」
セレスティーナは、そう言って微笑む。彼女は、もはや悪役令嬢の高慢な仮面を被ることなく、心からの笑顔を見せることが多くなっていた。
そんなある日の午後、孤児院に一台の豪華な馬車が止まった。
馬車から降りてきたのは、謎めいた雰囲気を持つ一人の男性。
黒い上質なマントを羽織り、その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
「こんにちは、セレスティーナ様。わたくしは、エルネストと申します。王都で商いをしている者です」
男性は、そう言って優雅に挨拶をする。
セレスティーナは、警戒しながらも、彼を孤児院の中へと招き入れた。
「…一体、わたくしに何の御用でしょうか?」
「いえ、大した用事ではありません。ただ、この孤児院の子供たちに、大変興味がありまして」
エルネストは、部屋の隅で薬草を仕分けしているリリィに目を留める。
「特に、そのお嬢さん。彼女の商才には、目を見張るものがありますな」
リリィの商才は、たしかに類まれなものだった。わずかな知識しか持たないリリィが、孤児院の財政を潤すほどに売り上げを伸ばしているのだ。
「…あら、わたくしの子供に、何か御用でも?」
セレスティーナの問いかけに、エルネストは笑みを深くする。
「ええ。もしよろしければ、わたくしのビジネスパートナーとして、協力関係を築いていただけませんか? 」
突然の提案に、セレスティーナは驚きを隠せない。しかし、エルネストの瞳には、打算だけでなく、何か別の感情が宿っているように見えた。
その頃、王都では、セレスティーナの噂が広まり始めていた。
「辺境で、忌み子たちが健やかに暮らしている」「その孤児院は、まるで楽園のようだ」
そんな噂が、レオナルドとエミリアの耳にも入る。
「…レオナルド様、まさかあの女が、本当に幸せに暮らしているなんて……」
エミリアは、嫉妬に燃える瞳で呟いた。
レオナルドは、セレスティーナの追放が、彼女を権力争いから守るための苦渋の決断だったと信じている。しかし、彼女が何の苦労もなく幸せに暮らしているという噂は、彼の心をかき乱した。
「馬鹿な……。あんな女が、幸せに暮らせるはずがないだろう!」
レオナルドは、苛立ちを隠せない。
セレスティーナを陥れたはずの彼らが、今度は、彼女の幸せな噂に焦りを募らせ始める。
彼らの仕組んだ物語は、彼らの知らないところで、歪んだ方向へと進み始めていた。
登場人物紹介(第四話時点)
セレスティーナ・フォン・エトワール
侯爵令嬢。子供たちとの生活に安らぎを見出し、高慢な仮面を外すことが多くなった。
エルネスト
謎めいた大商人。子供たちの才能にいち早く目をつけ、孤児院を訪れる。
レオナルド
第二王子。セレスティーナを追放した真の理由が、彼女を権力争いから「保護」するためだと信じている。セレスティーナの噂を聞き、焦りを募らせ始める。
エミリア・フォン・グロース
セレスティーナを陥れた張本人。セレスティーナの噂を聞き、嫉妬と焦燥に駆られる。