最終話:聖女と宰相、そして永遠の家族
王都を揺るがした内乱と、王国を脅かした魔物の軍勢。二つの大きな嵐が過ぎ去った後、王国には目まぐるしくも、確かな希望に満ちた日々が訪れた。
セレスティーナとイザベラは、かつての敵対が嘘のように、緊密な連携を取り始めた。
ガルダ帝国に対しては、武力ではなく、リリィの経済力とイザベラの政治力を駆使。クーデター軍の補給路を断ち、ゲルハルト将軍に不満を抱く帝国内の改革派貴族たちを支援し、内側から巧みに切り崩していった。
やがて、民衆の支持を得た改革派は、幽閉されていたアストル王子を解放。クーデターは鎮圧され、ゲルハルト将軍は失脚した。
新たな指導者となったアストルは、正式に王国との間に不可侵条約と友好条約を締結。セレスティーナたちの支援の元、魔物の力に頼らない、新たな国づくりへと舵を切った。
両国の国境地下に眠る「封印」は、ルカの理論とイザベラの古代魔術の知識を融合させた新たな儀式によって、その力を安定させた。暴走していた魔物たちも、次第に本来の穏やかな性質を取り戻し、森の奥深くへと姿を消していった。
全ての戦後処理が一段落した日、王宮では、イザベラの処遇を決めるための会議が開かれていた。
彼女は自らの罪を認め、全ての地位と財産を返上し、潔く裁きを待つ姿勢を見せていた。
だが、その場で彼女を弁護したのは、他ならぬセレスティーナだった。
「イザベラ様の行動は、許されるものではありません。ですが、その根底にあったのが、国を思う心であったこともまた事実。彼女の類まれな行動力と影響力は、罰するためではなく、これからの国の復興と改革のためにこそ使われるべきです」
レオナルド国王も、その言葉に深く頷いた。
「セレスティーナの言う通りだ。イザベラ、お前には、その罪を償うためにも、セレスティーナの右腕として、これからの王国に尽くしてもらいたい」
こうして、イザベラはセレスティーナの最も信頼できるパートナーとして、保守派貴族のまとめ役となり、改革を推進する大きな力となった。
そして、その数日後。
国王レオナルドは、セレスティーナを玉座の間に呼び、全ての貴族たちの前で、荘厳に宣言した。
「聖女セレスティーナ・フォン・エトワール! その比類なき知性と勇気、そして国を思う深い慈愛に敬意を表し、本日をもって、そなたを王国初の『宰相』に任命する!」
冤罪で追放された悪役令嬢が、今、その実力と人望によって、王国の最高位にまで上り詰めた瞬間だった。
若き英雄たちもまた、それぞれの道を力強く歩み始めていた。
ルカは、魔物との共存の道を探る「精霊学者」として、新たな学問の扉を開いた。
リリィは、両国の経済交流を担う大陸屈指の大商人となり、貧困の撲滅という大きな夢に向かって邁進している。
ハンスは、王国騎士団長として、力だけでなく、誇りと慈愛を重んじる、新時代の騎士団を育て上げていた。
全てが落ち着き、穏やかな日常が戻ってきた、ある晴れた日の午後。
セレスティーナは、王都の喧騒を離れ、かつての孤児院「希望の家」の庭で、子供たちと共にお茶を楽しんでいた。
その穏やかな時間の中、ディランが、少し緊張した面持ちで彼女の隣に膝をついた。
「セレスティーナ様」
彼は、そっと彼女の手を取る。
「これまでは、あなたの騎士として、あなたをお守りしてきました。ですが、これからは…聖女様でも、宰相閣下でもない、ただ一人の女性としてのあなたを、夫として、一生お守りしたい」
まっすぐな、彼の心の全てが込められた言葉だった。
セレスティーナは、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに、かつての悪役令嬢を彷彿とさせる、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「…馬鹿な男ね。わたくしに、身も心も捧げるつもり? その愚かさ、嫌いではないけれど」
彼女はそう言うと、彼の手に、自分の手をそっと重ねた。
「ええ、仕方ありませんわね。その愚かさに免じて、あなたの生涯、わたくしがもらってあげます。感謝なさい」
それは、セレスティーナらしい、最高の肯定の言葉だった。
やがて、聖女と騎士のささやかな、しかし温かい祝福に満ちた結婚式が執り行われた。
そこには、国王レオナルド、好敵手イザベラ、隣国の若き王アストル、そして、誰よりも誇らしげに微笑む、ルカ、リリィ、ハンスの姿があった。
セレスティーナ・フォン・エトワール。
悪役令嬢として追放された彼女は、聖女として国を救い、宰相として国の未来を創り、そして愛する夫と、かけがえのない子供たちと共に、「永遠の家族」として幸せに暮らしていく。
これは、愛と知識で自らの運命を切り拓き、国という大きな家族の未来をも救った、一人の女性の物語である。
彼女たちの幸せな日々は、これからも、ずっと続いていく。
― 完 ―
『悪役令嬢、孤児院を再建します シーズン2 〜聖女と英雄、今度は国家を改革します〜』を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
冤罪から聖女へと駆け上がったセレスティーナと、若き英雄へと成長した子供たちの、その後の物語はいかがでしたでしょうか。
シーズン2で描きたかったのは、「国」という大きな家族を、愛と知識でいかにして救い、育んでいくかという挑戦でした。
セレスティーナが提唱する「改革」と、イザベラが守ろうとした「伝統」。その二つの正義がぶつかり合い、やがて「国を思う心は同じ」という一つの真実に行き着く様は、この物語の核となるものでした。イザベラが単なる敵役ではなく、信念と誇りを持った好敵手であったからこそ、二人の和解は、より大きなカタルシスを生んでくれたように思います。
また、それぞれの場所で新たな壁に直面した、ルカ、リリィ、ハンスの成長を見守るのも、執筆する上で大きな喜びでした。彼らがもはやセレスティーナに守られるだけでなく、自らの意志と力で彼女を支え、未来を切り拓いていく姿は、まさに「次世代への継承」というテーマそのものです。
そして、どんな時も変わらぬ愛と忠誠でセレスティーナを支え続けたディラン。彼の存在なくして、彼女の戦いはなかったことでしょう。最後に二人が結ばれ、穏やかな幸せを手にしたことを、作者として大変嬉しく思っております。
この物語を通じて、知識と愛は、一個人の運命だけでなく、時に国家の未来さえも切り拓く大きな力になるということ。そして、真の強さとは誰かを打ち負かすことではなく、異なる信念を持つ者とも手を取り合い、共に未来を築くことにある、というメッセージが、少しでも皆様に届いていれば幸いです。
改めまして、セレスティーナ、ディラン、そして愛すべき子供たちの物語に、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
彼女たちの未来が、いつまでも温かい光に満ちていることを願って。