表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/37

第九話:英雄たちの交響曲(シンフォニー)

 絶望の闇を切り裂き、集結した希望の光。


 セレスティーナは、愛すべき子供たちの顔を順に見渡すと、揺るぎない声で命じた。


「ハンス! あなたは騎士団の主力を率いて国境へ! この王都は、わたくしたちが必ず守ります。あなたは、王国の盾として、魔物の侵攻を食い止めてください!」


「御意! 必ずや!」


 ハンスは力強く頷くと、部隊を再編し、魔物の咆哮が轟く国境へと馬を走らせた。


「リリィ、エルネスト! あなたたちの力は剣ではなく、富と情報。イザベラ様側に与する貴族たちの結束を、内側から切り崩しなさい!」


「ふふ、お任せを! 損得勘定なら、わたくしたちの独壇場ですわ!」


 リリィとエルネストは不敵に笑い合うと、商人たちと共に王都の経済中枢へと散っていく。


「ルカは、わたくしの傍で防御を。ディラン、あなたはその隙に」


「――イザベラ様の元へ」


 セレスティーナの言葉を、ディランが引き継ぐ。アイコンタクトだけで、全てを理解していた。


 若き英雄たちは、聖女の指揮のもと、まるで一つの交響曲を奏でるオーケストラのように、それぞれの持ち場へと散っていく。


 王都奪還と、王国防衛。二つの戦線での壮絶な戦いが、同時に始まった。


 ◇


 王国国境線。


 地平線を埋め尽くす魔物の大群を前に、王国騎士団の兵士たちの顔には絶望の色が浮かんでいた。


「…数が、違いすぎる…」


「我々に、本当にこれが止められるのか…」


 その時、最前線に立つハンスが、剣を抜き放ち、天に掲げて叫んだ。


「怯むな! 目の前にいるのは、制御を失ったただの獣だ! 俺たちがここで退けば、俺たちの家族が待つ王都が蹂躏されるだけだ! それでもいいのか!」


 彼の言葉に、古参の騎士たちも心を打たれる。家柄でも伝統でもない、ただひたすらに仲間と国を守ろうとする剥き出しの闘志が、そこにはあった。


「いいか! 難しいことは考えなくていい! 俺の背中だけを見て、ついてこい! 全員、生きて王都に帰るぞ!」


 ハンスは、騎士団長として、リーダーとして、完全に覚醒した。彼の檄に応え、騎士団は一つの塊となって魔物の津波へと突撃していく。絶望的な戦況の中、ハンスの天才的な用兵術が、奇跡の如く魔物の進撃を食い止め始めていた。


 ◇


 一方、王都では、もう一つの静かな戦争が進行していた。


 リリィは、エルネスト商会のネットワークを駆使し、ヴァレンシュタイン派の貴族たち一人ひとりに密使を送っていた。


『今、聖女セレスティーナ様側に付けば、戦後の復興利権において最大限の便宜を図ることをお約束します。ヴァレンシュタイン公爵家の没落は、時間の問題ですわ』


 甘い蜜の匂わせと、鋭い脅し。彼女の揺さぶりに、利に聡い貴族たちは動揺し、イザベラの陣営から離反者が続出し始めた。さらにリリィは、市井の民衆に無償でパンと温かいスープを配給し、「聖女様こそが民の味方である」という世論を形成。イザベラは、自らが扇動したはずの民衆からも見放され、急速に孤立していく。


 ◇


 ヴァレンシュタイン邸前では、苛立ったイザベラが攻撃命令を繰り返していた。


「何をやっておる! 障壁ごと、あの魔術師を叩き潰せ!」


 だが、ルカが展開する光の障壁は、いかなる物理攻撃も魔術も通さない。それは、ただ一人、セレスティーナを守るという彼の想いが具現化した、絶対的な守りの結界だった。


「…聞こえませんか、イザベラ様!」


 障壁の内側から、ルカが悲痛な声で叫ぶ。彼の瞳には、国境で暴れる魔物たちの苦痛と恐怖が、魔力を通じて流れ込んできていた。


「彼らは、苦しんでいる…! あなたが利用している力は、この星そのものの悲鳴なのです! このままでは、本当に全てが手遅れに…!」


 その叫びが、イザベラの心をわずかに揺さぶった、その瞬間。


 障壁に攻撃が集中し、敵の陣形が乱れた一瞬の隙を、黒い疾風が駆け抜けた。


 ディランだった。


 彼は最小限の動きで兵士たちをいなすと、一直線にイザベラの元へと迫る。その前に、一人の屈強な騎士が立ちはだかった。ヴァレンシュタイン家に代々仕える、筆頭騎士であった。


「聖女様の犬め! ここから先へは行かせん!」


「…失せるがいい」


 剣と剣が、火花を散らして交錯する。


 相手の剣が大振りで剛ならば、ディランの剣は流水の如く柔。相手の力を受け流し、その勢いを利用して、急所へと刃を滑り込ませる。数合と打ち合わぬうちに、勝負は決した。


 筆頭騎士の鎧が砕け、その場に崩れ落ちる。


 ディランは、ついにバルコニーに立つイザベラの眼前に躍り出ると、その美しい喉元に、切っ先を突きつけた。


 時を同じくして、リリィの工作により反乱軍は半壊。


 ハンスは、圧倒的な劣勢を覆し、国境線を死守していた。


 そして、ルカが、魔力の奔流が封印の限界点を突破しようとしているのを感知し、叫んだ。


「セレスティーナ様! もう、時間がありません…!」


 全ての戦況が、一点へと収束する。


 剣を突きつけられ、完全に孤立した公爵令嬢と、世界の危機を告げる聖女。


 王国の、そして世界の運命は、二人の最後の対話に委ねられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ