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第七話:帝国の凶刃、囚われの王子

 セレスティーナが両国の危機を悟った、まさにその時。


 隣国ガルダ帝国の帝都は、血と鉄の匂いに満ちていた。


 原因不明の魔物の暴走は深刻化し、国内は混乱の極みにあった。帝国の玉座の間では、改革派のアストル王子と、魔物の力による覇権を信奉する軍部の筆頭、ゲルハルト将軍が激しく対立していた。


「将軍! もはや魔物の力は我々の制御を離れつつある! 今すぐ王国へ派兵の準備など中止し、国内の魔物鎮圧と、暴走の原因究明に全力を注ぐべきだ!」


 アストルが声を荒らげる。


 対する老将軍は、顔に刻まれた深い傷跡を歪め、嘲るように笑った。


「王子。力が有り余って暴れている獣は、どう躾けるのが一番かご存じかな? 存分に狩りをさせ、その牙を獲物に向ければよいのです。国内に溜まった不満と、有り余る魔物の力を、外敵――すなわち、偽りの聖女を擁する王国に向ける。これぞ一石二鳥の策ですな」


「狂っている…! それは国を救う道ではない、破滅への道だ!」


 アストルが、セレスティーナから得た「封印」に関する仮説を口にしようとした、その瞬間だった。


 玉座の間の重い扉が開き、ゲルハルト将軍配下の武装した兵士たちが、なだれ込んできた。


「なっ…! 将軍、これは何の真似だ!」


「退屈な議論は終わりです、王子」


 ゲルハルトは、老齢の皇帝が座る玉座の横に立つと、高らかに宣言した。


「これより、我が軍部が帝国の全権を掌握する! アストル王子は、敵国と通じ、帝国を内側から乱そうとした売国奴として、身柄を拘束せよ!」


「馬鹿なことを!」


 アストルは剣を抜き、最後まで抵抗したが、多勢に無勢だった。彼は無念の表情で床に押さえつけられ、そのまま塔の牢獄へと幽閉されてしまった。


 ガルダ帝国は、最も危険で、最も愚かな道を選んだのだ。


 実権を握ったゲルハルトは、直ちに命令を下した。


 暴走しかけている魔物の軍勢を、魔術師たちが命がけで無理やり制御し、その巨大な暴力の奔流を、王国との国境へと向かわせた。


 大義名分は、「堕落した王国に、力による真の秩序をもたらすための聖戦」。


 大地を揺るがし、空を黒く染めながら、異形の軍勢が国境へと進んでいく。それはもはや、軍隊というより、一つの巨大な災害そのものだった。


 ◇


 王国を揺るがす報せは、瞬く間にもたらされた。


「緊急報告! ガルダ帝国より、我が王国への正式な宣戦布告が通達されました!」


「国境監視所からの魔力通信! 測定不能な規模の魔物の軍勢が、国境地帯に集結中とのこと!」


 王宮の緊急会議は、パニックに陥った。


「ハンス団長! 直ちに騎士団を出撃させ、国境を防衛せよ!」


 レオナルド国王が檄を飛ばす。


「はっ! 全軍、直ちに迎撃態勢に入れ!」


 ハンスは、緊張に顔を強張らせながらも、的確に指示を飛ばした。騎士団長として、彼が初めて直面する、国家の存亡をかけた戦いだった。


 その混乱の最中、セレスティーナだけが、冷静に事態の真相を見抜いていた。


 これは、領土的野心による侵略ではない。自らの内で暴走し始めた力を、もはや制御できなくなった帝国が、その矛先を外に逸らすための、自暴自棄の行動なのだと。


(このままでは、駄目…!)


 セレスティーナの脳裏に、ルカがもたらした最悪の未来図がよぎる。


 この戦争は、両国の兵士と魔物がぶつかり合い、膨大な魔力が乱れ飛ぶ、封印にとっての最後の一撃となりかねない。そうなれば、勝者も敗者もなく、両国が等しく破滅する。


 イザベラと手を取り合い、この事実を伝え、共に封印の安定化にあたる…そのための時間が、もう残されていない。


 絶望的な状況に、セレスティーナの心が揺れる。


 その時、血相を変えた伝令兵が会議室に駆け込んできた。


「申し上げます! 魔物の先遣隊が国境を突破! 国境の村、エルムが…エルム村が、壊滅したとの報せです!」


 その一言が、セレスティーナの迷いを吹き飛ばした。


 犠牲者が出た。もう一刻の猶予もない。


 彼女は会議室を飛び出すと、自邸に戻り、マントを掴んだ。


「セレスティーナ様! どこへ!」


 ディランが、鬼気迫る彼女の様子に驚き、行く手を阻む。


「決まっていますわ。イザベラ様の元へ!」


「無茶です! 今、あなた様が一人でヴァレンシュタイン邸へ乗り込むなど…!」


「ディラン。もはや、言葉を尽くしている時間はありませんの。わたくしが、わたくしの言葉で、直接彼女に真実を伝える以外に、この国を…いいえ、この世界を救う道はないのです!」


 ディランの制止を振り切り、セレスティーナはたった一人、夜の王都へと駆け出していった。


 空には、帝国の侵攻を告げる凶星のように、紅い月が浮かんでいた。


 物語は、二人の令嬢の激突という、避けられぬクライマックスへと、加速していく。

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