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第一話:聖女の議会、あるいは悪役令嬢の再臨

この物語は、冤罪を乗り越え「聖女」となった侯爵令嬢セレスティーナ・フォン・エトワールと、彼女が育てた若き「英雄」たちが織りなす、新たなる救国の物語です。


前作で、セレスティーナはかけがえのない家族とささやかな幸せを手に入れました。

辺境の孤児院で虐げられていた子供たちは、彼女の愛と知識によってその才能を開花させ、王国の危機を救う英雄へと成長を遂げました。


しかし、物語はまだ終わりません。


二年後――。

聖女として国民の絶大な支持を得るセレスティーナは、今度は王国そのものの改革という、さらに大きな困難に立ち向かいます。

前世の知識を武器に、彼女が目指すのは、身分に関わらず誰もが希望を持てる国づくり。


ですが、その前に立ちはだかるのは、王国の伝統と秩序を重んじる保守派貴族の厚い壁。

そして、魔物の力に頼る隣国「ガルダ帝国」から迫りくる、新たな動乱の影。


これは、愛と知識で国家という大きな家族をも救おうとする、聖女の挑戦の記録。

そして、若き英雄たちがそれぞれの立場で新たな壁に直面し、悩み、それでも未来を切り拓いていく成長の物語でもあります。


改革と伝統、理想と現実。

様々な思惑が交錯する中で、セレスティーナは真のノブレス・オブリージュ(貴族の責務)を問い、国のあるべき姿を示していきます。


聖女として、為政者として、そして愛する者たちの「母」として――。

セレスティーナ・フォン・エトワールの第二の人生、その新たなる一幕を、どうぞ最後までお楽しみください。


 王国の危機を救ってから、二年という歳月が流れた。


 かつて「忌み子の孤児院」と呼ばれた場所は、今や「希望の家」と名を変え、多くの子供たちが健やかに暮らす学び舎となっている。そして、その中心にいるのは、王国でただ一人の「聖女」、セレスティーナ・フォン・エトワール、その人であった。


 今日のセレスティーナは、王都の一角に新設された炊き出し場の視察に訪れていた。


 質素だが清潔なエプロンを身につけ、自ら大きな鍋をかき混ぜる彼女の姿は、もはやかつての侯爵令嬢の面影を感じさせない。


「セレスティーナ様、いつもありがとうございます。あなた様のおかげで、子供たちがひもじい思いをせずに済みます」


 皺の刻まれた老婆が、感謝の言葉と共に深々と頭を下げる。セレスティーナは穏やかに微笑み返し、その手を取った。


「感謝には及びませんわ。この国に生きるすべての子供たちが、温かい食事と眠る場所を得るのは、当然の権利ですもの」


 その慈愛に満ちた姿に、周囲の人々は皆、敬愛の眼差しを向ける。

 二年という月日は、彼女を真の聖女へと変えていた。


 しかし、その穏やかな表情の裏で、彼女がこの国の未来をどれほど深く憂い、そして、どれほど大きな戦いに身を投じようとしているのかを知る者は、まだ少ない。


 炊き出し場を後にしたセレスティーナは、待たせていた馬車に乗り込む。隣には、いついかなる時も彼女の影として控える、私設護衛騎士団長ディランの姿があった。


「ディラン、議会の時間ですわね」


「は。資料はすべてこちらに」


 ディランが差し出した羊皮紙の束を受け取りながら、セレスティーナの表情が、聖女のそれから、冷徹な為政者のそれへと変わる。


 優雅さと威厳が増したその横顔に、ディランは言葉なく見惚れていた。この二年、彼女の最も近くで、その知性と献身、そして時折見せる危うげなほどの覚悟を見守ってきたのは、自分なのだという自負が彼にはあった。


 馬車が王宮の議事堂に到着する。

 重厚な扉の先には、王国の未来を左右する貴族たちが集う、荘厳な議場が広がっていた。


 議長席に着いた国王レオナルドの開会宣言の後、セレスティーナは静かに立ち上がった。場内の視線が一斉に彼女へと注がれる。賞賛、好奇、そして――明確な敵意。


「皆様、本日は『教育機会均等法案』について、ご審議いただきたく存じます」


 セレスティーナが提出した法案。それは、身分に関わらず、すべての子供に教育の機会を与えるための施設を国費で設立するという、あまりにも急進的な内容だった。


 案の定、議場は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

 その喧騒を、冷ややかな一瞥で鎮めた者がいた。


「――聖女様、ご冗談も大概になさいませ」


 凛と響く、鈴の音のような声。

 声の主は、炎のような紅い髪と翠の瞳を持つ、華やかな美女。彼女こそ、王国の伝統と秩序を何よりも重んじる筆頭公爵家、ヴァレンシュタイン家の令嬢、イザベラ・フォン・ヴァレンシュタインである。


 最高級のドレスを纏い、扇を優雅に揺らしながら、彼女はセレスティーナを真っ直ぐに見据える。


「身分制度とは、この国が長きにわたり築き上げてきた秩序の礎。それを揺るがすような愚行は、断じて認められません。平民に文字を教え、一体何になるというのです? 彼らには彼らの、貴族には貴族の、生まれ持った役割というものがございますでしょう?」


 イザベラの言葉に、保守派の貴族たちが次々と賛同の声を上げる。彼女は、旧き秩序を守ろうとする者たちの代弁者であり、次期王妃の最有力候補と目されている存在だった。


 セレスティーナは、その激しい反発を静かに受け止めていた。まるで、嵐が過ぎ去るのを待つ大樹のように。


 やがて議場が静けさを取り戻すと、彼女はゆっくりと口を開いた。その声は穏やかだったが、確固たる意志が込められていた。


「イザベラ様のおっしゃることも、一理ありますわ。伝統と秩序は、国を支える大切な柱。わたくしも、それを軽んじるつもりは毛頭ございません」


 一度言葉を切ると、セレスティーナは、かつての悪役令嬢を彷彿とさせる怜悧な笑みを浮かべた。


「ですが、考えてもごらんなさいな。痩せた土地からは、豊かな作物は育ちませんわ。国民という土壌が貧しいままでは、この国に輝かしい未来など訪れるはずもない。子供は国の宝です。その才能の芽を、生まれというだけで摘み取ってしまうのは、国家にとって計り知れない損失だとは思いませんこと?」


 理路整然としたセレスティーナの言葉に、先ほどまで騒いでいた貴族たちが言葉を失う。


 イザベラは悔しげに扇を握りしめた。


 セレスティーナは、そんな彼女に追い打ちをかけるように、決定的な一言を放つ。


「未来への投資を惜しむ方に、国を語る資格はありませんわ。この法案は、我が国の百年先を見据えた、必要不可欠な投資なのです」


 その言葉は、聖女の慈愛ではなく、国の未来を憂う為政者の鋭い刃だった。議場は再び紛糾し、レオナルドの裁定により、法案は一時保留となった。


 議事堂を後にするセレスティーナの肩に、ディランがそっと上着をかける。


「……お疲れ様です、セレスティーナ様」


「ええ。想像以上の反発でしたわ。改革への道は、まだまだ険しいようね……」


 セレスティーナは、小さくため息をつく。だが、その瞳の光は少しも揺らいでいなかった。彼女は知っていた。本当の戦いは、まだ始まったばかりだということを。


 その夜、王都の酒場に、一人の見慣れぬ青年が姿を現した。


 疲弊した隣国「ガルダ帝国」の紋章を隠し持つその青年が、まさかこの国の、そして聖女セレスティーナの運命を大きく揺るがす存在になるとは、まだ誰も知らなかった。

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