第二話:小さな命の輝き
「…まさか、わたくしが、こんな場所で食事を作ることになるなんて」
セレスティーナは、古びた厨房の前に立ち尽くし、冷めた目で呟いた。
王都で暮らしていた頃は、食事の準備など、全て使用人に任せていた。
わたくしが手を汚すことなど、決してなかった。
それが今、埃まみれの厨房に立ち、どこに何があるのかも分からない状態だ。
子供たちは、わたくしを警戒するように、孤児院の片隅で身を寄せ合っている。
その怯えた瞳には、飢えと絶望の色が深く刻まれていた。
「あら、餓死しそうね。食事はとっているのかしら?」
わたくしが声をかけると、子供たちはびくりと肩を震わせた。
返事はない。ただ、腹の虫が小さく鳴る音が、静かな厨房に響いた。
「仕方ないわね。このわたくしが、特別に何か作ってあげる。感謝なさい、貴方たち」
そう言って、わたくしは厨房の中を物色し始める。
食材を探すが、見つかったのは、わずかな乾物と、かろうじて食べられそうな根菜だけだった。
まともな調味料もない。
それでも、わたくしには、前世で培った知識がある。
管理栄養士として、どんな状況でも、栄養のある食事を作る方法を学んできたのだ。
わたくしは、前世の記憶が詰まったノートを取り出した。
それは、わたくしがこの世界に転生した際、なぜか一緒に持ってきたものだ。
ノートには、様々な食材の栄養素や、調理法が細かく記されている。
その中から、この場所にある食材で、栄養のあるスープを作る方法を探し出す。
まず、乾物を水につけて柔らかくする。
根菜は、ナイフで丁寧に皮をむき、細かく刻んでいく。
かまどに火をつけ、鍋を温め、刻んだ根菜と乾物を入れて煮込む。
わずかな塩と、ハーブの乾燥葉を加えて味を調える。
すると、あたりに、香ばしい、温かい匂いが広がり始めた。
子供たちが、その匂いに誘われるように、こちらを向く。
その瞳には、さっきまでなかった、かすかな期待の色が宿っていた。
「さあ、できたわ。熱いうちに食べなさい」
わたくしは、スープを小さな木製の器によそい、子供たちに手渡す。
子供たちは、おそるおそる器を受け取ると、静かにスープを口にした。
一口食べた瞬間、一人の少女が、こぼれ落ちそうなくらいに大きな瞳でわたくしを見つめる。
その瞳は、今にも泣き出しそうに揺れていた。
そして、別の少年が、ボロボロの服の袖で目元を拭う。
彼らは、初めての温かい食事に、ただただ感動していた。
その姿を見て、わたくしの胸の奥が、温かくなるのを感じた。
食事を終えた子供たちは、わたくしに心を開き始めた。
「おねえちゃん、おいしかった」
「ありがとう、セレスティーナ様」
彼らの言葉は、王都で聞いたどんな賛辞よりも、わたくしの心に深く響いた。
わたくしは、この子供たちのために、生きていけるかもしれない。
そう、漠然と、だが確かに感じたのだった。
登場人物紹介(第二話時点)
セレスティーナ・フォン・エトワール
侯爵令嬢。前世の知識(管理栄養士、心理学)を活かし、虐げられた子供たちの心身を癒していく。
子供たち
「忌み子」として虐げられ、心身ともに衰弱している。セレスティーナが作った温かいスープによって、彼女に心を開き始める。