閑話5:騎士の決断、その前夜
レオナルド殿下からの命令は、セレスティーナ・フォン・エトワールを監視すること。
ディランは、王子の命を受け、辺境の孤児院に赴いた。
彼の心には、騎士としての忠誠と、セレスティーナが国家反逆罪を犯したという疑念があった。
彼女は、権力欲に溺れた悪女だと、王都では誰もが信じていた。
だが、実際に孤児院で目にした光景は、彼の想像とは全く異なっていた。
セレスティーナは、みすぼらしい子供たちに、温かい食事を与え、読み書きを教え、まるで母親のように接していた。その瞳に、高慢な令嬢の面影はなかった。
ディランは、最初は遠くから、彼女と子供たちの様子を観察していた。
子供たちは、飢えと絶望から、次第に活気を取り戻していく。
魔力暴走を起こす少年は、彼女の指導で力を制御できるようになり、病弱だった少女は、健やかに成長し、暴力的だった少年は、大切なものを守る強さを手に入れようとしていた。
ディランは、監視という名目で、孤児院に頻繁に顔を出すようになる。特に、剣術に興味を持ったハンスに、彼は剣の正しい使い方を教え始めた。
「力は、誰かを傷つけるためではない。守りたいものを守るために使うのだ」
そう教えるディランの言葉は、かつて師から教えられた騎士の道そのものだった。
ハンスに剣を教えるうちに、ディランは、彼だけでなく、セレスティーナと孤児院全体に、深い絆を感じるようになっていった。
王都に戻り、レオナルドに報告をすると、彼は苦しい表情で真実を告白した。セレスティーナを、権力争いから「保護」するために追放したのだと。
その言葉を聞き、ディランは安堵した。
しかし、同時に、新たな葛藤が生まれた。
王家への忠誠と、セレスティーナへの忠誠。
彼は、どちらを選ぶべきなのか。
セレスティーナが偽りの罪で追放されたことを知っている今、彼女と子供たちを危険に晒す王子の命令に従うことは、騎士の道に反するのではないか。
夜、孤児院に迫る暗部の人間たちの気配を感じた時、彼の迷いは消えた。
彼が守るべきは、王族の思惑ではない。
この、愛と希望に満ちた場所なのだ。
ディランは、王子の命令に背き、セレスティーナと子供たちを守ることを、心に固く決意したのだった。