第七話:伝説の薬草と、募る疑念
ユリウスから託された古びた地図を広げ、セレスティーナは思わず息をのんだ。そこには、王宮が喉から手が出るほど欲しがる、奇跡の薬草「月光草」の自生地が記されていた。
月光草は、あらゆる病を治し、怪我を癒すと言われる、この世界で最も価値のある薬草だった。
「…こんな貴重なものを、なぜわたくしに?」
セレスティーナは、地図に書かれた文字を読み解きながら、ユリウスの真意を悟る。ユリウスは、この奇跡の薬草を、権力者の道具としてではなく、本当に必要としている人々のために使ってほしいと願っていたのだ。
しかし、同時に、この地図が持つ危険性にも気づいた。もし、この地図の存在が王都に知られれば、子供たちの安全が脅かされる。
セレスティーナは、子供たちを守るため、この地図の存在を誰にも話さないことを決意した。月光草は、まだ彼女にとって、遠い世界の出来事だった。今は、この大切な家族を守ることだけを考えればよかった。
その頃、王都では、ディランがレオナルド殿下のもとに、孤児院の近況を報告していた。
「ルカは魔力を制御できるようになり、ハンスは剣の腕を上げ、リリィは商才を発揮しております」
ディランは、子供たちの目覚ましい成長ぶりを、誇らしげに語る。
しかし、レオナルドは、ディランの報告に素直に喜べなかった。セレスティーナが順調に、そして幸せそうに暮らしているという事実に、彼の心は乱された。
「…ディラン、その才能は、本当に純粋なものなのか?」
レオナルドの瞳に、疑念の色が浮かぶ。
彼は、セレスティーナを追放した真の理由を、ディランには打ち明けていたものの、他の者には話していなかった。そのため、彼女が復讐のために力をつけているのではないかという疑念と未練の間で揺れ動いてしまう。
ディランは、セレスティーナの無実を信じていたが、レオナルドの揺れ動く心に、言葉をかけることができなかった。
一方、エミリアは、王都の暗部から、ユリウスが孤児院を訪れたという情報を掴んでいた。
「あの老人が、わざわざ辺境の孤児院に……」
エミリアは、その情報が持つ意味を推測する。ユリウスは、奇跡の薬草「月光草」を探し求めていることで有名だった。彼が孤児院を訪れたということは、何か貴重なものをセレスティーナに渡したのだろう。
エミリアの頭の中で、卑劣な計画が練られていく。
「…そうか。あの忌み子を、さらに貶めるための『嘘』として、利用できるわ」
エミリアは、ユリウスがセレスティーナに何かを渡したという情報を、セレスティーナが王家を欺いて何かを企んでいる証拠として、レオナルドに報告することを決意する。
セレスティーナの第二の人生は、静かに、そして確実に、王都の陰謀に巻き込まれようとしていた。
登場人物紹介(第七話時点)
セレスティーナ・フォン・エトワール
侯爵令嬢。伝説の薬草「月光草」の地図を託され、子供たちの安全を守るため、その存在を秘密にすることを決意する。
ディラン
王国騎士団に所属する騎士。セレスティーナの無実を信じる一方、レオナルドの疑念に心を痛めている。
レオナルド
第二王子。セレスティーナを追放した真の理由をディランには告白しているが、彼女が復讐を企てているのではないかという疑念と未練の間で揺れ動いている。
エミリア・フォン・グロース
セレスティーナを陥れた張本人。ユリウスの訪問情報を掴み、それをセレスティーナを貶めるための「嘘」として利用しようと計画する。