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格差進化論:SIDと霊子が織りなす新階層社会への道標 ――我々はいつから「分かたれる」ことを運命づけられていたのか?――  作者: 岡崎清輔
第6章:進化の特異点――心霊ハッカー、シャドウSID、そして裏側の“異能者”たち
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彼らは進化のバグか、それとも制御不能な加速装置か。

心霊ハッカー、シャドウSID、そして真菌ナノマシンを操る裏側の進化者たち――本章で我々が追ってきた「異能者」たちの姿は、SIDCOMネットワークが織りなす公的な「光」の世界とは対照的な、「影」の領域で蠢く、異質で、しばしば不穏な生命の可能性を我々に示してきた。

彼らは、既存の社会システムや倫理規範の枠組みから逸脱し、あるいはそれに積極的に抵抗し、テクノロジーを独自の、そしてしばしば非合法な方法で利用・改変することで、自らの進化の道を切り拓こうとしている。


では、これらの「異能者」たちを、我々はどのように理解し、位置づけるべきなのだろうか。

彼らは、高度に管理され、最適化された現代社会のシステムが生み出してしまった、予期せぬ「バグ」あるいは「エラー」であり、秩序と安定のために修正・排除されるべき存在なのだろうか。

それとも、彼らは、人間という種の進化が、もはや公的な管理や倫理的な制約だけではコントロールできない、新たな段階へと突入したことを示す、制御不能な「加速装置」あるいは「触媒」なのだろうか。


この問いに対する答えは、おそらく、我々がどのような未来を望み、そして「人間」という存在をどのように定義するかという、より根源的な価値観に左右されるだろう。

しかし、いずれの立場を取るにせよ、彼らの存在が、現代の「格差進化」の力学と、それが人間性にもたらす変容について、極めて重要な問題を提起していることは間違いない。


逸脱者としての「バグ」――システムの安定を脅かす存在

まず、彼らを「進化のバグ」として捉える視点から考えてみよう。

この立場からすれば、心霊ハッカーによる記憶改竄や意識ハック、シャドウSIDによるSIDCOMの非正規利用、そして裏側の進化者たちによる真菌ナノマシンのような危険な実験は、すべて社会の秩序と安定を脅かし、個人の権利と尊厳を侵害する、許容しがたい逸脱行為である。


SIDCOMネットワークは、ICA(国際制御局)やSIDCOMコーポレーションによって、SIPSの悲劇や「大消去」のトラウマを乗り越え、最大限の安全性と倫理性が確保されるように設計・運用されている(少なくとも、公的にはそのように主張されている)。

正規のアクセスプロトコルや情報フィルター、AIによる監視システムは、ユーザーをサイコソニック・ノイズや悪意のある情報操作から保護し、精神的なウェルビーイングを維持するための重要な防衛線である。

心霊ハッカーたちは、この防衛線を意図的に突破し、他者の精神に不正に侵入し、その最も脆弱な部分を攻撃する。

それは、個人の魂に対するテロリズムであり、SIDCOM社会の信頼の基盤を破壊する行為に他ならない。


シャドウSIDの存在もまた、システムの安定性という観点からは問題が多い。

彼らが用いる改造SIDや非正規ソフトウェアは、しばしばセキュリティ上の欠陥を抱えており、SIDCOMネットワーク全体にマルウェアやウイルスを拡散させる感染源となりうる。

また、彼らがアクセスするアンダーグラウンドな情報空間は、偽情報や過激思想、あるいは非合法な取引の温床となっており、社会の健全な発展を妨げる。

アンプラグドでありながらSIDCOMの恩恵を部分的に享受しようとする彼らの態度は、システムに対する「ただ乗り」であり、正規のユーザーとの間に不公平感を生み出す。


そして、真菌ナノマシンを用いる裏側の進化者たちの試みは、これらの懸念をさらに先鋭化させる。

彼らの非合法な実験は、個人の身体的・精神的な健康を著しく損なうだけでなく、制御不能なバイオハザードを引き起こし、人類全体の生存を脅かす可能性すら秘めている。

彼らが標榜する「新たな進化」は、多くの場合、科学的根拠に乏しいカルト的な妄信であり、その結果として生み出されるかもしれない「ハイブリッド生命体」は、既存の生態系や社会システムとは相容れない、異形で危険な存在となるだろう。


この「バグ」としての視点に立てば、これらの異能者たちに対する社会の対応は、明確である。

すなわち、彼らの活動を厳しく監視し、法と倫理に基づいて規制し、そして必要であれば社会から隔離・排除することによって、システムの安定と大多数の市民の安全を守る、というものである。

彼らの存在は、進化の多様性というよりは、むしろ進化の過程で生じる「エラー」あるいは「病理」であり、それは適切に「治療」されなければならない。

そして、その治療のためには、個人の自由やプライバシーの一部を制限することも、社会全体の利益のためにはやむを得ない、という結論に至るかもしれない。


加速装置としての「触媒」――システムの限界を突破する存在

しかし、一方で、これらの「異能者」たちを、単なる「バグ」や「病理」として片付けてしまうことは、彼らが提起しているより深層の問題や、彼らが秘めているかもしれない創造的な可能性を見過ごすことにも繋がりかねない。

彼らを、むしろ「進化の加速装置」あるいは「触媒」として捉える視点もまた、必要なのではないだろうか。


この立場からすれば、彼らの逸脱的な行動やラディカルな試みは、既存の社会システムや倫理規範が、もはやテクノロジーの急速な進化と、それが人間性にもたらす根源的な変容に追いつけなくなっていることの徴候である。

彼らは、システムの「バグ」ではなく、むしろシステムの「限界」や「矛盾」を鋭敏に感じ取り、それを自らの身体と精神をもって突破しようとする、ある種の「実験者」あるいは「先駆者」なのかもしれない。


心霊ハッカーたちが暴き出すSIDCOMの脆弱性や、彼らが行う記憶改竄・意識ハックの技術は、確かに悪用されれば恐るべき脅威となる。

しかし、それは同時に、我々がSIDCOMというブラックボックスに無批判に依存することの危険性や、人間の記憶や意識がいかに外部からの操作に対して脆弱であるかという、不都合な真実を突きつける。

彼らの存在は、我々に対し、より堅牢なセキュリティシステムと、より強固な精神的自律性を求めることを促し、結果としてシステムの進化と人間の適応を加速させるかもしれない。


シャドウSIDたちが探求するアンダーグラウンドな情報空間や、彼らが試みるSIDの非公式なカスタマイズは、SIDCOMが提供する均質化された情報環境や、画一的なユーザー体験に対する、多様性と主体性の希求の現れと見ることもできる。

彼らは、システムによって「与えられる」だけの受動的な消費者であることを拒否し、自らの手でテクノロジーを「ハック」し、自分自身のニーズや価値観に合わせて「再創造」しようとする。

その試みの中から、予期せぬイノベーションや、メインストリームが見過ごしてきたオルタナティブなテクノロジー利用の可能性が生まれてくるかもしれない。


そして、真菌ナノマシンを用いる裏側の進化者たちのラディカルな実験は、最も危険で倫理的に問題が多いものであるが、同時に、人間という種の生物学的な限界を超え、全く新しい生命のあり方を模索しようとする、究極の「進化への意志」の現れと見ることもできる。

彼らが目指す「人間と真菌の融合」や「菌糸体ネットワークによる集合意識」といった構想は、我々旧人類の価値観からはあまりにもかけ離れており、グロテスクでさえあるかもしれない。

しかし、それは、環境破壊や資源枯渇、あるいはAIによる人間の代替といった、人類が直面するかもしれない終末論的な危機に対し、生命そのもののあり方を根本から変容させることで応答しようとする、一種の絶望的なまでの適応戦略の萌芽を秘めているのかもしれない。

彼らは、進化の袋小路に入り込んだ人類に対し、全く異なる進化の「特異点」を提示しているのではないだろうか。


この「触媒」としての視点に立てば、これらの異能者たちは、単に規制や排除の対象ではなく、むしろ、彼らが提起する問題や、彼らが生み出す「逸脱」の中から、我々自身の未来のための重要な教訓や、新たな進化の可能性を学び取ることができる、ある種の「鏡」あるいは「警告者」として捉え直す必要がある。

彼らの存在は、我々に、既存のシステムの限界を常に意識させ、変化への適応を促し、そして「人間であること」の意味を絶えず問い直させる、進化のダイナミズムそのものの一部なのかもしれない。


「バグ」か「触媒」か――格差進化の弁証法

おそらく、真実は、この「バグ」と「触媒」という両極端な見方の間の、より複雑なグラデーションの中に存在するのだろう。

心霊ハッカーも、シャドウSIDも、裏側の進化者たちも、彼らの行為が一律に善や悪、あるいは進歩や退行として評価できるような、単純な存在ではない。

彼らは、光と影、創造と破壊、希望と絶望のアンビバレントな側面を併せ持ち、そしてその存在そのものが、我々が生きるこの「格差進化」の時代の矛盾と緊張関係を体現している。


彼らは、SID、霊子、AI、遺伝子技術といった、我々自身が生み出したテクノロジーが、我々のコントロールを超えて暴走し、予期せぬ結果をもたらす可能性を常に示唆している。

その意味で、彼らはシステムの「バグ」であり、我々はその危険性を認識し、適切な対処を講じなければならない。


しかし、同時に、彼らは、既存のシステムの限界や停滞を打ち破り、新たな進化のフロンティアを切り拓く、予測不可能な「突然変異」としての役割も果たしている。

彼らの逸脱や抵抗の中から、旧来の価値観では捉えきれなかった新しい生命の可能性や、より多様でレジリエントな社会のあり方が生まれてくるかもしれない。

その意味で、彼らは進化の「触媒」であり、我々はそのラディカルな問いかけに真摯に耳を傾け、そこから学び取るべきものがある。


この「バグ」と「触媒」との間の弁証法的な関係性こそが、現代の「格差進化」を駆動する隠れたエンジンの一つなのかもしれない。

システムは安定と秩序を求め、逸脱を排除しようとする。

しかし、逸脱の中から新たな適応や革新が生まれ、それがシステムそのものを変容させていく。

この絶え間ない緊張と相互作用の中で、人間という種は、そして我々が構築した社会は、否応なく未来へと押し進められていくのだ。


本書『格差進化論』を通じて、我々は、ダーウィンの原点から出発し、SIDCOMネットワークの光と影、物語資本主義の功罪、そしてデザインされる生命とポスト・ヒューマンの胎動に至るまで、この「格差進化」の多岐にわたる様相を考察してきた。

その旅は、我々に、人間という存在の驚くべき可塑性と、テクノロジーの持つ計り知れない力、そしてその両者が織りなす未来の複雑さと不確実性を、改めて認識させたはずだ。


そして、この旅の終わりに我々がたどり着くのは、明確な答えや安心立命の地平ではない。

むしろ、それは、さらに多くの、そしてより根源的な「問い」へと開かれた、広大な荒野である。

その荒野の中で、我々は、自らがどのような「進化」を望み、どのような「人間」であり続けたいのか、そしてどのような「未来」を次世代へと手渡したいのかを、絶えず自問し続けなければならない。


その思索と選択の営みこそが、この「格差進化」の時代を生きる我々に課せられた、最も重く、しかし最も創造的な責任なのだ。

そして、その責任を果たすための最初のステップは、本書の序章で投げかけられ、そして今再び我々の前に立ち現れる、あの根源的な問いに、誠実に向き合うことから始まるだろう。


「我々は、なぜ『進化=格差』の現実から目を逸らしてきたのか?」

この問いに対する答えを、読者諸氏がそれぞれの胸に深く刻み、自らの言葉で紡ぎ出すとき、この『格差進化論』は、単なる分析や警鐘の書を超え、未来を創造するための、生きた「物語」として、新たな進化の旅を始めるのかもしれない。


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