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格差進化論:SIDと霊子が織りなす新階層社会への道標 ――我々はいつから「分かたれる」ことを運命づけられていたのか?――  作者: 岡崎清輔
第3章:霊子(クアノン)と物語資本主義――あなたの「物語価値(ナラティブ・バリュー)」はおいくらですか?
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第3章:霊子(クアノン)と物語資本主義――あなたの「物語価値(ナラティブ・バリュー)」はおいくらですか?

前章において、我々はSID(Society-Integrated Device)とSIDCOMネットワークが、人間の認知能力を拡張し、意識をネットワーク化する一方で、いかにして「接続者プラグド」と「アンプラグド」という根源的な分断を生み出し、接続者プラグド内部においても新たな能力格差と社会的階層を形成しているかを見てきた。

SIDCOMは、まさに現代の「選別装置」として機能し、我々の魂をその巨大な情報網に取り込み、個人の適応度を絶えず問い続けている。

しかし、この「接続」という行為だけでは、現代の「格差進化」の全貌を捉えることはできない。

SIDCOMが提供するプラットフォームの上で、実際にどのような「価値」が生成され、交換され、そしてそれに基づいて人々がどのように序列化されていくのか――そのダイナミズムを理解するためには、我々はもう一つの、そしておそらくはより深遠で、より人間的な次元へと目を向ける必要がある。

それが、本章のテーマである**「霊子クアノン」と、それが織りなす「物語資本主義(Narrative Capitalism)」**の世界である。


「あなたの物語価値ナラティブ・バリューは、おいくらですか?」

この問いは、二〇六五年の社会を生きる我々にとって、かつて旧世紀の人々が自らの年収や資産額を問われたのと同じくらい、あるいはそれ以上に、個人の社会的地位、影響力、そして存在意義そのものを規定する、根源的で、時に残酷な響きを伴うものとなっている。

霊子技術によって人間の精神エネルギーが可視化され、SIDCOMネットワークを通じて感情や体験が瞬時に共有されるようになった結果、個人の「物語」――その人物が持つユニークな経験、感情の軌跡、記憶の断片、そしてそれらを他者の心に響く形で表現する能力――が、新たな「資本」としての価値を持つようになったのだ。

そして、この「物語資本」をめぐる競争と蓄積が、現代社会の経済システム、文化様式、そして人間関係のあり方を根本から規定している。

それが、物語資本主義である。


この物語資本主義のシステムは、一見すると、旧世紀の物質的な富の偏在よりも、より人間的で、より公正な価値評価に基づいているかのように見えるかもしれない。

なぜなら、それは個人の内面的な豊かさ、共感力、創造性といった、人間らしい資質を直接的に評価するからだ。

素晴らしい体験をし、深い感動を覚え、それを魅力的な物語として他者と共有できる人間は、高い「物語スコア」を獲得し、賞賛と尊敬を集め、経済的な成功すらも手にすることができる。

それはまるで、誰もが自らの人生という名のテクストの著者となり、その作品の質によって評価される、普遍的なクリエイター経済の実現のようにも思える。


しかし、本章で我々が探求していくのは、この物語資本主義の華やかなファサードの裏に潜む、より複雑で、しばしば冷酷な選別の論理と、それが「格差進化」の力学をいかに深化させ、固定化しているかという現実である。

霊子という未知の素粒子は、一体何を我々の世界に解き放ったのか。

個人の体験や感情が市場価値を持つとは、具体的に何を意味するのか。

そして、「語るべき物語」を持つ血統や、QSI(霊子共鳴指数)という新たな能力指標による静かな選別は、我々の社会にどのような新しいカースト制度をもたらしているのか。


これらの問いに答えるためには、まず、霊子という現象が科学的に発見され、その技術的応用が進展していく歴史的経緯を辿り、それが人間の精神性や社会システムに与えた根源的なインパクトを理解する必要がある。

それは、唯物論的な世界観が支配的であった旧世紀の科学に対し、人間の「魂」や「精神」といった領域が、再び科学的探求の対象として、そして新たなテクノロジー開発のフロンティアとして浮上してきた、壮大なパラダイムシフトの物語でもある。


この旅は、我々自身の最も内密な感情や記憶、そして「私」という存在の根幹をなす「物語る力」そのものへと深く分け入っていくことになるだろう。

そこでは、接続される魂が、さらに霊子と物語の力によって選別され、新たな価値の尺度によって序列化されていく、二一世紀後半の人間ドラマが展開される。

そして、そのドラマの結末は、我々が自らの「物語価値」を誰の手に委ね、そしてどのような「物語」を未来へと紡いでいくかにかかっているのかもしれない。


さあ、霊子が織りなすこの魅惑的で、しかし危険な新世界の扉を開こう。

そして、我々自身の魂の価値が、そこでどのように査定され、取引され、そして進化していくのかを見届けようではないか。


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