雨。訪れ。
今日は雨。
私は小さな喫茶店の窓際の席に座り、降りしきる雨をぼんやりと眺めていた。
お客はまばらで、店内にはカップの音や小さな話し声が響いている。
この街の雨は何か特別な感じがする。記憶の断片が雨音に紛れて蘇るような気がしてならない。
雨の日にあの人と会った時のことを、私は今でも覚えている。
彼女は赤い傘を片手に持ち、店のドアを押し開けた。傘から滴る雨が床に小さな水たまりを作り、彼女の長い髪は少し湿っていた。私はただ、彼女をじっと見つめていた。
「お待たせ」
彼女は一言挨拶をすると、対面の席に腰を下ろした。二人きりで座るのは初めてだった。
普段は他の友人たちも交えて談笑する機会が多かったのだが、今日は違った。彼女と私だけの空間だった。何を話せばいいのか分からず、言葉が雨音に飲み込まれていく。
「ねえ、どうして黙ってるの?」
彼女が微笑みながら私を見つめた。胸の内がざわついた。言いたいことがたくさんあったはずなのに、うまく言葉にならない。雨音が流れるたびに、心の中で何かが溶けていくような感覚だった。
それから季節が巡り、彼女とは疎遠になっていった。理由は分からない。
ただ、人生というものはそういうものなのかもしれないと思う。雨の日に思い出す彼女の姿は、どこかぼんやりとした幻影のようになっていた。
……ふと、赤い傘が目に映った。店のドアが開き、湿った風が店内に入り込む。
その風の中で立っているのは——彼女だった。
「久しぶり」
彼女が微笑む。
その笑顔はあの時と少しも変わらない。
私は静かにうなずき、胸の中で何かが溢れそうになるのを感じながら、もう一度雨音を聞いた。
人生の不思議な巡り合わせに、ただ身を委ねるしかなかった。