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壱ノ七


 キッセはミッケの他にも、火傷やけど怪我けがで動けない孤児こじらにも水を飲ませた。


 ある程度、飲ませ終えるとミッケの所に戻り、焼けげた体に優しく水をかけてやった。

 いくら普段から親しくしなかったとはいえ、できれば助けてやりたかった。だが、誰が見ても手のほどこしようが無い状態に、どうやって助けてやればいいのか、キッセには分からなかった。


 何度も何度も井戸に行っては水をみ、水を飲ませ、火傷やけどに水をかけてやることしか思いつかなかった。


「――クソ!」


 キッセは何一つ役に立たない、無力な自分に腹が立った。


 この暑さで、辺りを漂う焦げた肉のにおいと血の生臭いニオイを嗅ぎつけて、どこからか大きな青蠅あおばえが一匹、また一匹とミッケの体に飛んでは止まりを繰り返していた。


 うつろな目でミッケは何を見ているのか、半開きの口で小さく息をしている。

 キッセはこんなにも酷い火傷を目にするのは初めてだった。特にミッケの火傷やけどは他の子に比べて明らかに重症じゅうしょうだった。


(いくら逃げ遅れたからだって、こんなに真っ黒に焼けるのか……?)


 キッセが不審ふしんに思っていると、かたわらでキッセを真似て水を飲ませている子に、頭部の毛が焼け焦げた子が、泣きじゃくりながら話しているのが聞こえてきた。


 そのガロの孤児こじが言うには、いきなり見ず知らずのカロックの男らが連れ立って納屋に入って来たという。

 男の一人は担いでいた大きな油甕あぶらがめに入った油を、いきなり孤児たち目掛めがけてぶちまけた。そして間髪かんぱつ入れずに、後の二人の男たちが火のついた松明たいまつを何の躊躇ちゅうちょもせず放り投げた。


 燃えさか松明たいまつの炎は、またたく間に燃え広がり、たっぷりと油を浴びた孤児たちを巻き込んだ。

 悲鳴ひめいを上げ、火だるまとなった孤児たちが、次々ともがきながら外へと飛び出たと、火傷やけど負った孤児が言った。


 頭部に痛々しい火傷を負い、ガクガクと怯えながら話を聞いている子の腕を離さない姿を、キッセは見ていられなかった。

 


 ♢♢♢



 日がとうに暮れ、雲一つない夜空に星が瞬き始めた。


 夏の夜風と共に、燃え尽きた小屋の残熱ざんねつが辺りをただよう中、夜になっても、キッセはミッケたちの側を離れなかった。


 明るいうちは、キッセも「しっかりしな!」と、ミッケや他の子らをはげましていたが、暗くなるにつれて「うぅ……う」と、苦痛にうめく声すら聞こえなくなってくると、何も言えなくなった。


 それでも時々「み……ず……」と、消えそうな声で水を欲しがるので、キッセは夜中になっても井戸へ水をみに行った。



――ボーンと、深夜0時を告げるかねの低い音が、遠くから一回聞こえた。


「腹が減ったな……」


 井戸で水を汲みながら、キッセは思い出すように言った。

 そういえば朝から何も食べていなかった。


(こんなことになっても腹が減るなんて…… )

 

 なんだか途端とたんに疲れた。


 重たい水汲みずくおけを抱えながら、とぼとぼと戻る途中、微かだが、ドスっと何か物が倒れる低い音がした。

 遠く、ミッケたちがいる場所に何やら動いている影が見えた。

 暗闇の中、目を凝らして見てみると、男たち数人がミッケたちを囲んでいるのが見える。大きさからカロックだ。


(こんな夜更けになんだ? ――まさか、手当をしに来たのか?)

 

 夜風よかぜに乗って、酒臭さけくさにおいと興奮こうふんした声が聞こえる。


(――様子が変だ)


 キッセは水汲みずくおけをその場に置き、咄嗟とっさに近くの物陰ものかげにサッと身を隠した。背中の毛がゾワゾワと逆立ち、ドクドクと心臓の音が胸を打つ。

 キッセは落ち着かせようと大きく息を吸い、耳をピンと立てた。


「汚ねぇガキが!」

「クセぇなぁ! ものと変わらねぇ分際ぶんざいが!」


 ドサっと音と共に、男の怒鳴り声が聞こえた。

 キッセは物陰ものからそっといてみると、男のたちが虫の息――抵抗出来ていこうできないミッケたちを罵倒ばとうしながら殴り蹴り飛ばしていた。


「まーだ、生きていやがる! しぶてぇ奴らだ!」


 熱を帯びた男たちのののしる声がキッセの耳をつらぬく。

 

 先ほどまで蒸し暑くてたまらなかったのに、手足がガクガクと震え、キッセは体のしんが凍りつくのを感じた。


 キッセはその場から逃げ出した。

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