拾ノ七
「お嬢様は清上華族に憧れているのよ。この前、清上華族を見かけたときリロックを従えて歩いていたから……」
そう言ってエマリンは、食台の上のカゴにたっぷりと積み上がった蒸し立てのスッピ〈蒸しパン〉に手を伸ばした。
「深窓の育ちに、羨望のまなざしがほしいのね。――パピ、これ美味しいわ」
スッピを頬張りながらのエマリンの褒め言葉に、料理頭のパピはニコリと笑いお茶を飲んだ。
「困ったもんだ。どう逆立ちしたって、清上華族は無理だ」
スッピ〈蒸しパン〉を片手に、男中のリべが言った。
「なんでだ? 旦那様は念願の華族になれたじゃないか」
皆に茶を注ぎながら下男のカーチが訊くと「バカだなー、お前は」と、リベが笑った。
「バカなんて言うもんじゃないよ!」
むっとしたカーチの代わりに上女中のミットスが、リべにくぎを刺し、カーチがいれてくれた茶に乳をたっぷりと注いだ。
「華族サマにも、序列があるんだよ。清上華族っていうのは、元皇族のことさ」
お代わりの催促に茶杯を差し出すリベに、カーチはそっぽを向いて、ミットスの隣の席に座り訊いた。
「もと、こうぞく? ――皇族って、帝様と一緒に龍の宮〈龍淵宮〉に住んでいるじゃないの?」
ミットスは乳茶を飲み一息つくと、隣に座るカーチに話した。
「お山に住めるのは、靑の帝とその直系のみ。その他は龍の宮を出て、清上華族って呼ばれるんだよ。そいで、その清上華族を筆頭に、嘉煕・雍煕・永煕の三名家があって、その下にこの御家って順になるのよ」
ミットスはふんわりとしたスッピ〈蒸しパン〉を手に取り、一口食べると笑みがこぼれた。
「――あら、本当、おいしいわ。パピ」
その言葉に微笑むパピの隣で、しぶしぶ自分で茶を注ぎながらリベが言った。
「もう少し詳しくいうと、その三名家と、この家の間にはたくさんのお偉いさんを挟むけどな。――大体、リロックの侍女なんて清上華族か皇族ぐらいで、どうやったて無理さ。無い物を欲しがる嬢ちゃんだ」
「嬢ちゃんとは誰の事です!」
その声に驚いて、リベは思わずその場を立ち上がった。
恐る恐る振り返るとそこにはクーリツが立っていた。ぐっと睨みをきかせるクーリツを目の前に、リベの顔は青ざめ、しどろもどろになりながら、手に持っていた蒸しパンを床に落とした。
「リベ! ここで長く働きたいのなら、口の聞き方に気をつけなさい!」
女中長のクーリツの眉間のしわが深く寄る。
「カーチ! 昼間、頼んでいたものは? ミットス、奥方様がお呼びよ」
クーリツはパンパンと両手を叩き
「いつまで、のんびりと休憩を取っているの! 早く持ち場に戻りなさい」
クーリツの叱咤が半地下に響き渡る。
皆、急いで茶を飲み干すと、座っていた椅子を片付け、散っていく。
「全く……。リベが余計な事を言うから、休憩時間がなくなっちゃったじゃないの」
エマリンは食べかけのスッピ〈蒸しパン〉を口に入れた。
「さっきの話、リロックでも何でも、新しい女中が来てくれたら、エマリンだってずいぶん楽になるだろ」
キッセが訊くと、茶でスッピを流し込んだエマリンは眉を上げ
「まあね。そうなってくれてら、ありがたいけど……。そうなったら、そうなったでお役ごめんになるわね」
互いクスクスと笑うと、キッセとエマリンは各自の持ち場に戻った。




