拾ノ六
キッセのキズは深かったのだが、思ったより傷の治りがはやく、経過を診るたびに医師は驚いていた。
ひと月も経つと、無理はできないが、仕事もできるようになっていた。
「キッセ、無理しないで、まだ休んでいてもいいのよ」
エマリンが心配そうに言った。
「ありがとう。でも、だいぶ腕も動かせるようになったし、じっとしているのも退屈だよ」
キッセとエマリンが話している場所は配膳室だ。
ここは屋敷の半地下にあり、配膳室の隣に厨房室が見える。石壁の上側には採光の窓あり、半透明の板ガラスから日の光が入るため、日中は意外に室内は明るい。
屋敷の使用人はこの配膳室で食事や休憩し、料理頭のパピや調理助手などは一日の大半をここで過ごしている。
素朴でしっかりとした広い木製の食台に、古いがよく磨き上げたられた鍋などの調理器具が、石造りの壁に掛けられていた。
その食台に各々決まった場所に椅子を並べ、キッセたち使用人がつかの間の休憩を取っていた。
「お嬢様は御付女中、それもリロックの女中が欲しいみたい」
下女のミロラが椅子に座りながら話すと、隣に座っていた男中のリベが茶杯を片手に鼻で笑った。
「リロックの侍女なんて無理に決まっているだろう」
リベは呆れた顔で茶をすすると得意そうに話しを続けた。
「リロックの赤ん坊を華族に養子として出せば支度金がたんまり貰えるし、子も子で華族として何不自由なく、一生裕福に暮らせる。そんなの分かっていて、わざわざ使用人に出す親がどこにいるとおもう?」
リロックばかりの華族でもガロが産まれるとうご時世に、ただでさえ数が少ないリロックが山奥の村で産まれたら、それこそ一大事だった。
リロックを養子に欲しがる華族は多数いる。そのため貧しい家では、支度金をいう名目で大金と引き換えに我が子を手放す親が後を絶たない。
無論、貧しくても金欲しさに我が子を手放すなんて微塵も考えない親もいるが、青都や江汐のような町で生まれたならまだよいが、山奥の小さな村などで、リロックの子など生まれたら、どこぞから嗅ぎ付けた盗賊などの輩に狙われ、そのほとんどが誘拐されてしまう。
そんなこともありリロックが生まれると、親は悲しくても我が子を華族の養子として出すことが多かった。




