拾ノ章 用心棒と御付女中
靑の都は江汐と同じく彲川という川を挟んで、西側に皇族と華族、東側に靑都の蒼生が暮らしている。キッセがいるこの華族地区は、東に彲川、西に碧巌竜脈、南は帝都・靑の都をぐるりと囲む城壁、虹泉城壁に囲まれていた。
彲川は蒼龍が住まわれる、湖上の宮から流れ落ちる聖なる川のため、靑の帝のみしか触れることが許されない神聖なる川だ。そのため彲川は泳ぐことはもちろん、船なども一隻も浮かんでいない。
滄河のように川幅が広くなく、華族地区と市井を二分する彲川の通行手段は四本の橋のみだった。
川上の隴淵宮に一番近い橋、渡龍橋は、靑の帝と皇太子のみが渡ることのできる橋だ。屋根付きの橋に立派な門。その禁門は常時閉ざされており、市井側の門外には、武衛官の守衛所があった。
屈強な晨門〈門番〉が昼夜、通日いるため安易に近づく事すらできない。
二本目の橋、一ツ橋〈ひとつばし〉は靑の帝と皇太子以外の皇族と清上華族、そして門籍に名ある一部の官人が渡ることができる橋だ。
その他の華族は三本目の橋、二ツ橋〈ふたつばし〉を渡る。
四つ目の橋、三ツ橋〈みつばし〉は、華族御用聞きの商人や、キッセたち使用人が渡る橋になっていた。
四本すべての橋は馬車が行き交うよう幅が広く造られていた。
キッセのような使用人や商人が、三ツ橋を渡るときは華族の各家が発行した通行木札が無ければは、橋を行き来することは不可能だった。
一ツ橋、二ツ橋、三ツ橋の三つの橋にも橋門があり、華族地区の警備を司る警衛士の守衛所が橋の端々に設けてあり、夜になると橋門は閉ざされる。
そう簡単に侵入できない華族地区に、あの覆面三人は堂々と入り込んで、キッセたちを襲ったのだ。
「好かった、気がついて……」
エマリンの声がするが、目が霞んでよく見えなかった。だけどエマリンの声と匂いにキッセは安心した。
キッセがこめかみを押さえていると、エマリンはそばに置いてあった水桶の水に布を濡らし、固く絞ってからキッセの手の上にのせた。
「ありがとう……」
キッセは受け取った布を目の上にあてた。湿った布はひんやりとして心地よい。少しずつだが、ぼんやりとエマリンの顔が見えてきた。虚な目で辺りを見渡すとキッセは自室の寝台の上に寝ていた。
「……若様は?」
キッセは起き上がろうとしたが、くらっと目眩がする。
「若様は大丈夫だから安心して」
エマリンはキッセの体を支えながら上体を起こすと、キッセの背中に枕をあててくれた。背中の枕のおかけで、体が安定し目眩が徐々に収まっていく。
「若様よりキッセ、あなたの方が重症なのよ……」
エマリンは茶杯に水を注いでキッセに渡した。
キッセが受け取り、ゆっくりと水を飲むを姿を見るとエマリンは安堵の顔をした。
「あなた丸三日も寝ていたのよ。今、クーリツさんを呼びに行ってくるから、大人しくそこにいなさい」
そう言ってエマリンは部屋を出た。
しばらくしてクーリツとエマリンが医師と一緒に現れた。いつも厳しいクーリツもキッセの顔を見るなりエマリンと同様に安堵を見せた。
キッセはクーリツに襲われた後のことを詳しく訊こうとしたが、クーリツはいつもの顔に戻り
「今は手当に専念しなさい」
一言言って、エマリンに医師の手伝いをするようにと指示をした。
キッセの左肩のキズはかなり深かったが、運がよかったのか太い血管をさけて斬られたのが幸いした。
包帯を解き、キッセの傷口を診た医師は驚いた。
「もう、傷口がくっつき始めておるわ……」
痛みをこらえながらの手当が終わったので、キッセはクーリツに詳しい話を聞きたかったが、クーリツはこれといって事件の話はしなかった。
「あの晩のことはすべて旦那様が解決済みです。だから、あなたは余計なことを考えず、傷が良くなるまでしばらく安静していなさい」
そう言って、片づけをし終わったエマリンと医師とともに部屋を出た。




