捌ノ四
「……こちらも商売なんでね」
でっぷりとした男はふーと息をついて、裾についた砂埃を叩いた。
やれやれと、文句を言いながら棚の奥に置いてあった酒を手に取り、キュっと蓋を開け、お気に入りの青いビードロの杯に注いだ。
琥珀色の酒の香りを鼻いっぱい嗅いでから、口に含もうとした時
「お見事! 見ていて関心したよ」
声とともに、物陰からリロックの男が目の前に現れた。
「うぁ! 宙定、どこに隠れていたのですか?」
驚いた男は、危うく持っていた杯を落としそうになった。
「お宅の門番とは、仲がいいんだ」
ギョロっとした目で、大切そうに青い杯を抱えている男をよそに宙定はニコりと笑った。
「奥で話しを聞いていたけど、本当いい勉強になったよ、アケーム」
宙定は話しながら、床の上に布に包まれた娘をちらりと見た。
「その娘、妓楼にいくらで売るの?」
宙定が首を傾げて言うと、アケームと呼ばれた肥えた小男の肩がギクっとした。
「なっ、何を言っているんですか? その娘は妓楼には売らないよ。今、役人たちがうるさいのはあんたも知っているでしょ!」
宙定は、床の上で眠っている少女にゆっくりと近寄り「朱明国の娘……ならでしょ?」と、アケームの顔をちらっと見た。
その問いにアケームの顔色が変わった。
「何を言っているんだい宙定? この娘は朱明国の娘だよ!」
「またまたぁー。僕たち長―い付き合いなのに……。」
宙定は一瞬しょげた顔をしたが
「この娘、晦憐・黒黯国の子でしょ?」と、訊くとアケームの目がギョロっと見開いた。
宙定が少女の肌けた肩に目をやると、痩せた少女の肩甲骨の下には小さな黥が彫られていた。
「それに、これはただの彫り物ではないのを君が知らない訳ないでしょ?」
アケームのギョロ目がいそいそと泳いだ。
蒼国から遥か東に位置する晦憐・黒黯国。
この国には厳しい身分制度があるといわれていた。
奴隷は必ず首下辺りに黥を彫る。右側には職業、左側には所有者の隷紋が刻まれている。
黥には意味があり、誰の所有者か、その奴隷の職業などが、細かく決められていた。奴隷は一度職種が決まると死ぬまでその職を離れることができない。
詳しいことは分からないが、所有者の印の隷紋は、焼こうがくり抜こうが、死ぬまで消えることはなかった。
「この娘、幼く見えるけど歳は十六、七ってとこかな」
そう言って宙定は、少女の左右の肩甲骨を詳しく調べはじめた。
「これは花の黥はないから娼黥ではないね。――うーん、この鯨は隷黥だね……。多分、どこかの華族、いや、向こうは貴族だっけ。そこの下女ってとこでしょ」
宙定は口元は笑みだが、目が笑っていない。
「なんだい! こちとて商売なんでね、なんの文句あるがあるのかい!」
アケームが顔を真っ赤にして言ったが、宙定はお構いなしの顔だ。
「ははは、僕はアケームのそういうところが好きだよ。――で、この子をどこに売るんだい?」
答えたくないのかアケームは、そっぽを向いた。
「リロックの少女を欲しがるところは多いからね。この子はいい値がつくよ」
宙定はそう言うと、ねえ、とアケームに近づき、アケームの持っていた青い杯をそっと手に取った。
「僕の知り合いにリロックの御付きを欲しがっている方がいてね。この子は丁度いいんだよね……」
宙定は杯の中の酒の香りを嗅ぐと、眉間に皺を寄せた。
「何だって! 冗談じゃない! せっかく安く買い取ったのに!」
アケームは目をひんむいて、宙定から杯を取り返した。
「あーー、ボロがでたね! さっきの男たちに告げ口してもいいんだよ。江汐の漁夫は気がいいが短気でいけない」
宙定の物言いに腹が立ったアケームだが、ふんっと鼻をならしそっぽを向き、棚から何やら探しはじめた。
「どうせアーマには、もう話を付けているんでしょ!」
アケームは棚から取り出した小さな小瓶を、憎たらしい面をした宙定めがけて投げつけた。
「気付け薬よ、嗅がせば目を覚ますわ! 私、あんたのことほんっと大嫌い!」




