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壱ノ四


 夏は蒸し暑く、冬は雪に埋もれる横李おうりの町。


 孤児こじみつくこの納屋は、夏になれば屋根から雨がしたたり落ち、雨が止むと途端とたんに蒸し暑くなる。そして体中そこかしこに虫がく。

 空腹に耐えられず、傷んだ物を食っては腹を下し、運が悪ければそのまま死んでしまう孤児もいた。


 特に冬は酷かった。


 食べ物が殆ど無く、凍てつくほど寒かった。

 納屋なやの中のむき出しの地面の上に、拾ってきた板やわら、落ち葉などを敷いて、寒さをしのいだが、気持ち程度だった。

 痩せ細った手足は、そこかしこひど霜焼しもやけで赤く黒く腫れあがり、ひびが割れ、亀裂きれつした皮膚は化膿かのうしていく。

 極度きょくど栄養不良えいようふりょうで、寄り添って隣で眠っていた子が、朝になって目が覚めないこともあった。


 冬ならまだしも、夏はその場に置いておくとすぐに死臭ししゅうを放つので、死んでしまった子を何人かで森の奥まで運び、そっと置いた。

 穴を掘る力など無く、んだ花をえることしかできない。――不思議と死んでしまうと、あんなに体中、大量にたかっていた小さな虫たちは一切いなくなる。


 けものの体をもつガロは一年中、体に細かい小さな血吸ちすむしが住み着く。

 血吸ちすむしわれると猛烈もうれつかゆく、喰われてはきむしるから、そこから化膿かのうして皮膚病ひふびょうになる。


 猫に似たガロのキッセは、血吸ちすむしわれきむしったせいで、体毛たいもうはところどころ禿げてしまい、酷い皮膚病の体だった。

 痩せこけた体から生えた長いしっぽは、ドブねずみのように細く情けなくしおれていた。薄汚れた体毛など、もはや地面とさほど変わらない土色つちいろだった。


 暖かい日は、近くの川で水浴びをし、目につく血吸ちすむしを指先でプチプチと潰したりもした。

 自分は腹が減り今にも倒れそうなのに、パンパンに腹を膨らませた血吸ちすむしを見ると無性に腹が立った。

 次々に虫をつぶすと、自分の血で指先が赤黒く染まっていく。


 いくら潰しても体中、無数にたかる小さな虫は、けして居なくなることは無かった。

 真夏は特に酷く、強い痒みでむしるため、どんどん化膿していき体中痛くてかゆくて毎晩眠ることができなかった。


 一年中、空腹の中、夏は皮膚病が辛く、冬は寒さと飢えで苦しむ。

 キッセにとって、この繰り返しが季節の移り変わりだった。



 山間部さんかんぶの町、横李おうりは日照時間が短い。

 が昇るのも遅く、昇ったと思ったら、あっという間に暮れていく。

 そして、薄く染まった夕焼けの残骸ざんがいが、またたく星と共に夜のやみを連れてくる。


(この時間が一番嫌いだ……)


 心細くなるのだろう。キッセはこのまま闇と共に、ふと自分自身が消えてしまえばいいのにと、毎回頭をよぎる。


 生死の狭間はざまをひっそりと少女は生きていた。

 親もいなければ友もいない孤独こどくの中、毎日何一つ変わらない、ただ生きているだけだった。


 そんな無情な日々と共に、幾度いくどかの季節が過ぎ去っていき、キッセ自身、気づいていなかったが、この夏で十二歳になっていた。

 

――そしてその夏。事態じたいが一変した。




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