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蒼碧のつかい  作者: ひよよ
上ノ編
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漆ノ章 リロック

 

 ペルに拾われ、体の具合がよくなったら、ここを逃げ出すつもりだったが、いつでも逃げ出すことができると思うと、とくに焦る必要もなく、ズルズルと日にちだけが過ぎていった。

 ゼイティロの収穫から数週間が経ったある日、みんなで夕飯を食べている時にミシャがいった。


「私が働いている織物屋さんのおかみさんがね、知り合いの問屋さんで下女を探しているのだけど、キッセ働いてみる?」


 突然キッセに仕事の話しが舞い込んだ。

 ミシャの話を詳しく聞くと、幼い頃から働いていた豆屋問屋の下女が先日、めでたく夫婦めおととなった。下女の娘は夫の仕事を手伝うので店を辞めてしまい、それで変わりの下女を探しているという。


「ミシャ、お前さんの知り合いにどこかにいいはいないかね?」

「それならちょうど年頃のがうちにいるわよ」

 働き先のおかみさんに訊かれたミシャは、迷うことなくおかみさんにキッセのことを話した。


 おかみさんがいうには、問屋方はカロックの下女を要望していたそうだが、キッセの片目が青色だと話すと、それならガロでも構わないと言ってきた。

 蒼国そうこくでは青い色は禁色きんじきになっており、皇族と清上華族せいじょうかぞく以外、使用が許されない色だ。

 高貴な色ほど縁起がよく、商人ほど縁起物好きはいない。縁担ぎ色の青眼そうがんであればガロのでもよいといった。

 そんな話をミシャから聞いたキッセは、悩むことなく二つ返事で了承した。


 ここで暮らすには働かなければならない。

 キッセは自分と年齢が変わらない、ビィビやルーシが働くのが見て、自分が何もしないわけにいかないと思っていたところだったからだ。

 それに自分よりもチビ助のスリクが、ゼイティロの仕事をしてからかいうもの、ルーシがやっていた家事を手伝うようになり、今では簡単なお使いなどもしていた。

 キッセの返事と裏腹にこの話に、浮かない顔をしていたのはペルだった。キッセに問屋の下女なんか務まるか心配だったからだ。


『本人が働こうしているのなら、やらせてみては』と、ヴェルクに言われ


「下女っていったら、店の掃除や雑用だから、キッセでも務まるさ」

 心配はないよと、ビィビにも言われたペルは一晩、悩んで、快くキッセを送り出すことに決めた。


 そういう経緯いきさつもあって、キッセは豆問屋で働くことになった。


 キッセの仕事は、江汐こうしほの東西を通る、五千ごせん通りの一画にある豆問屋の下女だ。

 江汐の商家は漆喰ギリシ塗られた集合住宅ネビッサとは違い、木造で建てられており、間口が小さく奥に細長くい。表通りに面した手前が店舗や商談に使われ、奥が住居になっている。

 江汐こうしおの商家では外壁には漆喰ギリシは使わないが、室内の壁には漆喰ギリシを塗っているので明るい。

 豆問屋はその名の通り、豆の店売、卸しをしている。それと真向いの店で豆菓子の店売をしていた。この豆菓子は味が良いと評判の店で、大層人気の店だった。

 キッセの仕事は、店の奥の母屋に住んでいる一家の世話だ。

 母屋にはキッセの他に住み込みのカロックの女中が二人に、年老いたガロの下男が一人いた。

 キッセは下女だが住み込みではなく通いだ。朝は日が昇る前から働くのだが、夕方には帰宅できた。



 いざ仕事を始めるとこれまた大変だった。

 キッセは高をくくっていた。ビィビの――下女なんて掃除と雑用だけを、間に受け、仕事なんて簡単に勤まると思っていからだ。

——実際はそう簡単なことではなかった。


 仕事を始めてから半年が本当にきつかった。

 キッセは生まれてこのかた、ずっと孤児として暮らしてきたのでしつけなどされたこともなく、一般的な常識を全くもって知らずに生きてきた。


 そんなキッセは、まずは挨拶からはじまり、掃除の仕方を一から教わった。

 箒の掃き方から掃く順番、雑巾の絞り方に拭き方、箒は掃く場所によって箒の種類を変えなくてはならないし、拭き掃除も場所によっては水拭きか乾拭きか、拭くものによっては布の種類を変えて拭くなど、掃除一つとっても何から何まで一から覚えなくてはならなかった。

 これは片手間にやっていたルーシの手伝いなんかと天と地の差だ。


 特に一番苦戦したのは言葉遣いだった。丁寧な言葉や敬語などと無縁な世界で生きてきたキッセは、何か一言うたびに叱られた。

 その他、下女は店の表に決して出てはいけないなど、商家には商家の規則がある。上下関係がとても厳しく、ちょっとした仕草や身だしなみなど、ことあるごとにキッセは注意された。下女だからといっても服装も決まっていて、支給された衣は常に清潔にしていなくてはいけず、少しでも汚れているとこれまた叱られた。


 豆問屋は、引退した大旦那と一昨年に嫁を迎えた一人息子の若旦那が営んでいた。向かいの豆菓子は若旦那の叔父の店だ。

 大旦那は下男下女にも気さくに声をかける優しい方だ。一人息子の若旦那が一癖あり気難しいが、殆ど顔を合わせないキッセにはあまり関係なかったが、御寮人ごりょうにんが酷かった。

 大旦那や若旦那が見ていないところで四六時中、二人の女中をいびっていた。そしてそのいびられた女中の八つ当たりの的になったのが、この店で一番の下っ端になるキッセだった。

 キッセはことあることに怒られ、時には折檻もあった。女中二人してキッセに仕事のやり方をワザと教えず、仕事ができてないと言ってはののしった。

 そんな毎日だったがキッセは耐えた。

 こんないびりよりも、もっと酷い生活をしてきたからだ。それにキッセもやられてばかりではない。時にはやり返すこともしばしばあった。

 それを見て一番愉快にも思ったのが、年老いたガロの下男のチョルニだった。

 チョルニはキッセのことをいじめることはなかったが、助けることもなかった。

 キッセが理不尽に怒られていても、見て見ぬふりだったが、キッセが泣き言一つ言わずに、黙って耐え、時にはやり返す姿を見ていたチョルニは、時折だがキッセに仕事のやり方を教えた。

 キッセも始めはこの食えないじいさんのことは気に要らなかったが、仕事を教えず、ただ憂さ晴らしに怒り散らす女中二人に比べたらましだと思った。


 キッセは働き先であったことを家に帰っても誰にも話さなかった。弱音を吐くのが嫌だったからだ。

 ペルは始めのうちは心配そうにいろいろと聞いてきたが、キッセが「別に、何もないよ。明日も行くから」と、休むことなく、働いているのでとりあえず見守ることにした。




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