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蒼碧のつかい  作者: ひよよ
上ノ編
43/65

陸ノ五

 

 澄んだ空が高く、気持ちのよい秋空の元、キッセはビィビと収穫場に向かうと、そこにはガロとカロック数人とニミージがいた。


「おはよう。キッセ、昨晩は眠れたかい?」

 まだニミージに慣れないキッセは黙ってうなずいた。


「それはよかった。キッセは俺らの班だからよろしく」


 キッセはビィビと別れ、ニミージたち数名と一緒に収穫を始めた。

 ゼイティロの木は風通しと水はけがよく、日当たりが良いところを好む。まんべんなく日が当たるように、勾配のきつい丘の上に植えてある。

 ゼイティロの木は背丈が高く幹が細い。梯子はしごかけて大人が登ると木を痛めてしまう。そこで身の軽い子どもに収穫させる。

 ゼイティロの実は、小さな蜥蜴ピッケの卵ぐらいの大きさだ。真っ青の実がたわわに実っていた。


「木に登ったら必ず尻尾を木に巻き付けろ」 

 ニミージに言われたとおりにキッセは、ゼイティロの木の上に登ると、木から落ちないように尻尾を安全帯あんぜんおびのように太めの枝に巻き付けた。

 しっぽが長くて体重の軽い子が収穫に選ばれるのはそのためだ。

 細長い熊手棒くまでぼうで枝を痛めないように、ゼイティンの実をそぎながら落としていく。



 下ではニミージたちが大きな布を広げて実を受け取り、次々にゼイティロの実を籠に入れていく。満杯の籠を台車に乗せ、ルーシとスリクたちがいる選別の小屋まで運んでいくのが、キッセたちの仕事の流れだ。

 ゼイティロの実をよく見てみると、青い実の中に白い実や、青黒い実もあった。

 ニミージは白いゼイティンの実を少し潰し、木の上のキッセに渡した。


「匂いを嗅いでみな」

 ニミージに言われた通りに嗅いでみると、花のようなとてもいい香りがする。


「とってもいい香りがするだろ? 白いのはまだ熟していないから、味は美味しくないけど、華族サマ用の高級な石鹸エルヤポンや香油になるのさ」


 香りの好い高価な石鹸ヤポンエルヤポンは、ゼイティロから絞ったヤーブにブッシギ〈浜辺に生えている葉がない植物〉の灰や、海藻バリヤなどを調合し、釜で煮る。それを冷ましてから香料を加え、専用の型に流し込み一晩おくと固まる。塊を切り分けて、半年から一年かけて熟成させると完成する。


「俺らが使う石鹸ヤポンは、ヤーブを絞りカスを大きな釜で煮て濾し、灰の灰汁や塩などを加えて練ったやつさ。残ったゼイティロの残滓ざんしは固めて乾燥させると固形燃料ポリになるわけ」


 一緒に実を拾っていたカロックの若い女が、木の上のキッセを見上げた。

「ゼイティロは捨てるところがないのよ。ヤーブは青い色が一番! これでしぼったヤーブは本当に美味しいの」


 ゼイティロの実は、はじめは白い色で次第に青くなって最後は青黒くなる。

 青黒くなるにつれ、うま味が増すが香りが落ちえぐみも出てしまうので、ヤーブよりも保存が利く塩漬けに加工する。



 午前の仕事が終わると休憩だ。

 昼飯はメルリーノ〈トトうまの乳と茶葉を煮込んだお茶〉に塩の粒をパラりと入れて、シトパ〈固めのパン〉を浸して食べた。

 乳茶メルリーノには糖蜜ペクメズも一緒に煮込まれており、ほんのりと甘い、そこに塩のしょっぱさが以外に合う。

 食後に軽く昼寝をして、午後から他の子と交代してキッセは実を拾う仕事になった。


 収穫はとても大変だったが、キッセは黙々と仕事に没頭した。

 薄暗く汚い小屋にうずくまって、常に腹を空かせながら、盗みなどをして生きていた時とは比べ物にならないぐらい充実にみちて、労働の疲れが心地よく感じていた。


 ところどころ青空が見えるのにどこからかきたのか、風に乗って小雨が降り出した。

 キッセはゼイティロの木の下で、温かな雨を見つめた。

 遠くで薄墨色の雲がゆっくりと動いている。雨にぬれた土から大地の匂いがした。

 雲の切れ間からあちらこちらと太陽の光が差し込んでいる。雨に打たれた柔らかい光をキッセはただ黙って見つめていた。


(――生きるとはこういう事なのかも……)


 この先も辛いことなど何度もあるだろう。

 でもこの一瞬、何も考えないでただ風景に目を奪われる。そんな瞬間に出会えることもあるなんて、キッセは今まで生きてきた中で思いもしなかった。 

 横李おうりにいた頃は、常に空っぽな心には見えない闇が、いつも付きまっとっていた。

 胸の奥から、こみ上げる何かをキッセはひっしに抑えていた。キッセは目をぬぐうと黙って仕事を続けた。



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