陸ノ三
「おーい。この先のアーロィで一休みするぞ」
緩やかだが長い勾配の坂を上り終わると、手綱を握っていたフリッソが大声で言った。
今朝は日が出る前に早くに出発したため、皆、朝から何も食べてなく、先ほどからお腹がぐうぐうと鳴っている。
丘のてっぺんの小さな共同水場に幌馬車を停めると、フリッソとニミージは曳き具からトト馬を解いた。
ここの共同水場は、道沿いにあるため、家畜の水飲み場もある。家畜専用の石がくり抜かれた水飲み漕には、冷たく新鮮な水が絶えず注がれている。
手綱掛けにトト馬をくくり、フリッソは腰にぶら下げていた皮袋から茶色い塩を手のひらに乗せると、二頭のトト馬は嬉しそうにその塩を舐めた。
「暑いケド、もう踏ん張りたのむな」
フリッソは優しく二頭にトト馬を撫でた。
蒼国原産のトト馬は、馬よりも一回り小型で足が太くて短い。
走る速度は馬に比べたら遅いが、馬よりも体力があり、温厚な性格で扱いやすく、雌は味の良い乳を出してくれるとても重要な家畜だ。
男たちはトト馬の手入れを終えると、水で顔を洗い「さあ飯だ!」と、昼飯を食べ始めた。
「私たちもお昼にしましょ」
ぐっすりと眠っていたルーシがいつの間にか目を覚ましていた。
四人はちょうどいい木陰に座り、ルーシはヴェルクから受け取った風呂敷を広げた。
「今日から当分の間、家に帰れないから、労いをかねてペルがお弁当代をくれたの」
「そんでもって、前の日に頼んでおいてオイらが朝一番に取りに行ったんだ」
日の出前の出発だったが、ビィビが顔なじみの店に頼んで、特別に店が開く前から受け取っていた。
お弁当は二種類あり、ビィビとスリクのは弁当はトリ飯だ。
大きなカサンの葉に包まれたトリ飯は、すりおろしたスペニン〈香りが強い球根〉と塩を揉みこんだ鶏肉をこんがり焼き、米と千切りしたゼンゼロ〈辛味の強い根茎〉一緒に大きなカサンの葉にのせる。そこにムラーソースをかけて包み、じっくりと蒸す。
鶏がホロホロと柔らかく、鶏のうま味がギュっとしみ込んだお米。そこにピリリと甘辛いムラ―ソースと、火が通ることで辛みが弱まったゼンゼロの爽やかな香りがなんともいえない。
キッセとルーシはトリ飯より一回り小さいカサンの葉を広げると、白身魚の切り身に、色とりどりの刻まれた野菜と一緒にを蒸した弁当だ。
さっぱりとした、塩味に野菜の甘さが加わって白身魚のうま味がいっぱいに広がる。この魚と野菜のうま味たっぷりの汁を竹筒のご飯にかけて食べると格別だった。
キッセは一口頬張ると、おもわず体が固まってしまった。こんなにおいしい物を食べたのは、初めてだったからだ。
あまりの美味しさに一瞬、心臓が止まってしまったのではないかと思った。
「それにしてもさすがビィビね。ここのお店、大人気でなかなか買えないのに、お店が開く前からお弁当を買えるなんて……」
ルーシが褒めると「へへへ」と、ビィビは照れた。
皆、無我夢中でおいしいお弁当を堪能した。
ここから目的地までは、なだらかな下り道が続く、ビィビは幌馬車に乗り込むと、すぐさま寝入ってしまった。
「なんだか元気がないわね、キッセ。お腹でも痛いの?」
もうひと眠りしようと思ったルーシが言った。
「仕事ってものが、いまいちよくわからない……」
不安そうにしているキッセの横で、ルーシは大きなあくびをした。
「大丈夫よ。だってキッセにはその長いしっぽがあるじゃない……」
「しっぽ?」
「よけいな心配しているなら、少し寝た方がいいわよ。着いたらいろいろと忙しいから……」
ルーシはぐっすりと眠っているスリクの隣で寝はじめた。
道中問題もなく、キッセたちは幌馬車に揺られながら無事、夕方前にゼイティロ畑に到着した。
幌馬車の荷室の中で寝ていたとはいえ、体がこわばりキッセは少し疲れていた。
荷室から降りると辺りは小高い丘に囲まれていた。丘にはたくさんのゼイティロの木が生えていて、ゼイティロの丘は小さな山のようだった。
「やっと着いたわね! この先の丘に私たちが寝泊まりする小屋があるのよ」
キッセと引き換えに、ぐっすりと眠っていたルーシは元気いっぱいだ。
ビィビは他に用事があるのでここでいったん別れ、キッセたちはフリッソとニミージに礼を言い、荷物を持って、小屋まで歩いた。
近くの村から来たのか、キッセのような子どものガロや大人のカロックたちがいた。
顔なじみなのか、「ひさしぶり」「今年もよろしくね」と、ルーシに次々に声をかけてくる。
小屋に着くと、すぐさまキッセたちは寝泊まりする小屋の部屋の掃除をはじめた。
「さあ、日が暮れる前に終わらせるわよ!」
いつも思うがルーシは誰よりも元気で頼りになる。
古いがしっかりした木造の小屋。各部屋は狭いが二段式の寝台が二つ置いてあり、キッセたちはその部屋で約ひと月の間、寝泊まりする。
食事は朝晩、隣の小屋で皆一斉に食べる。
ルーシの指示の下、なんとか日暮れ前に無事に掃除も終わった。
いつもうるさいスリクもさすがに疲れたのか、着いてから一言も発していなかった。
晩御飯を食べて、部屋に戻ると、さすがに疲れがどっと出た。
「今日は疲れただろう。明日の朝は早いから、早く寝よう」
晩飯前に戻ってきたビィビが、部屋の明かりを消すと同時にキッセは深い眠りについた。




