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蒼碧のつかい  作者: ひよよ
上ノ編
40/69

陸ノ二


 ゼイティロの収穫は夏が終わり、秋になる手前ごろに行う。その頃が、熟した実とまだ熟していない若い実がいい塩梅に実っているからだ。


「なあ、ビィビ。ゼイティロの実ってなんだ?」

 幌馬車にゆられながらキッセが訊いた。

「ゼイティロの実は江汐こうしほの特産の果実で、実からヤーブしぼれるのさ」


 空は白みはじめ夜が明けはじめた。

 幌馬車ほろばしゃはゆっくりと江汐こうしほの町を抜け、海沿いの街道に出た。水平線から太陽が昇ってくると青海せいかいが輝いて見えた。

 この時期、キッセがいた横李おうりなら朝晩が冷えはじめる頃だ。それに比べると本当に江汐こうしほは暖かい。今日も太陽が真上に昇るにつれ暑くなっていくだろう。


 白い砂が敷き詰められたまっすぐな街道を風に乗って青海せいかいから潮香しおかの香りが辺りを漂う。無事に馬車に乗れたので安心したのか、スリクはルーシの隣で気持ちよさそうに眠っていた。

 幌馬車は街道かられて、海を背になだらかな丘を上がって行った。

 ビィビは腕を上げぐぅーっと伸びをすると、ヒョイと馬車を降りた。


「ビィビ! まだ乗っていていいんだぜ!」

 ビィビが幌馬車から降りたのに気づいたニミージが、うしろを振り向き大きな声で言った。

「座っているのも退屈さ!」

 大丈夫だどビィビは、手を上げてこたえた。



 小さな窓のようにまかれている所から、キッセは外を覗いた。

 辺りが明るくなってくると遠く海岸沿いに、真っ青な水が張った田んぼがずっと続いているのが見えた。

 田んぼに見えるが、苗らしき作物が何一つ見当たらない。田んぼ一つ一つ、青色の濃淡のうたんが微妙に違い、それが不思議で綺麗だった。そんな田んぼが無数に広がっていた。

 それに作物は見当たらないのに、何かしら作業をしている還獣クワンシュの姿は見える。

 

 キッセが遠くをまじまじと見ていると

「あれは塩田よ。ここは目の前が青海せいかいだから塩が豊富にとれるの」

 薄らと目が覚めたルーシは、竹筒たけづつに入った水を一口飲んでキッセに渡した。


「えんでん?」

キッセは受け取った竹筒の水を一口飲んでルーシに訊いた。

「塩を作る畑……」

 そう言いながらルーシは大きなあくびをした。


「海の水を蒸発させて塩をとるのさ」

 ビィビは外からオイらにも一口と手を伸ばした。

 ルーシは目が開けていられなくなり、ウトウトとし始めている。キッセは竹筒をビィビに渡すと、退屈なので馬車を降りた。


江汐こうしほは雨が少ないから、塩づくりに向いているんだ」

 ビィビは水を飲むと口を拭った。


 幌馬車は海沿いの街道をそれ、なだらかな丘の方へと進路を変えた。二頭のトトうまはゆっくりと丘を上がっていく。荷物を多く積んでいるため、少しの傾斜で速度が遅くなる。


「塩田の周囲には海水を引き込む水路があって、満潮になるとその水路から塩田に海水が引き込まれる仕組みになっている。そして、塩田に引き込まれた海水が蒸発して塩になるってわけ」

「あれが全部、塩田なのか……」

 キッセは背中側に広がっている、濃淡の美しい青い塩田を見渡した。


「太陽と風が、半年から二年ぐらい掛けて塩を作ってくれるのさ」

「たくさんの塩はどうすんだ?」

「調味や乾魚かんぎょを加工に使われる」

「かんぎょ?」


 ビィビは丁寧にキッセに説明し始めた。


「冬になると江汐こうしほの北西にある颫燥ふそうって町で、滄河さうが遡上そじょうするローモンって魚を塩漬けにして、乾魚かんぎょを作るんだ。

 江汐こうしほでは目の前に広大な青海せいかいがあるから、あまり川魚は食べないけど、ローモンの乾魚かんぎょはうまいよ」

「どうしてここで乾魚かんぎょを作らないんだ?」 

「作れないことはないが、江汐こうしほより颫燥ふそうの方が適しているからさ」


 冬になると颫燥ふそう江汐こうしほより寒く、雪が少ないが底冷えする寒い地方だ。  

 西にそびえる碧巌竜脈へきがんりゅうみゃくから吹き降ろす、乾いた颫颻ふようと、燻製くんせいに適した香りの好い木が多いため、乾物や乾魚、もの〈獣〉の肉の燻製も加工されている。


颫燥ふそうで作られた乾魚や燻製は、颫西ふせい街道を通って靑都せいとに送られる」

靑都せいと?」

「靑の都さ。颫燥ふそうの乾物は高級品でね。靑都せいとでは高額で取引されるんだ」


「ビィビはよく知っているだろ」

 馭者台ぎょしゃだいにいたニミージがやってきた。

 キッセよりも背が高く、髪を後ろでくくっていた。痩せた体によく日焼けした顔の青年だ。


「こいつはすごいよ。ルブル地区に住んでいるのに大店で働いているのだからさ」

「大店で働くってそんなにすごいことなのか?」

 キッセが訊くと、ニミージは自分の弟を自慢するように話し始めた。


「ああ、まず身元がはっきりしていなければ店の仕切りもまたげない大店だ。奉公として働くにも、きちんとした商家から紹介状がないと門前ばらいだぜ。それなのにコイツは、江汐こうしほで一番立派な大店で働いている」

 すごいだろうと、ニミージがキッセに話すので、ビィビは何だか気恥ずかしくなった。

「オイらは運がいいだけだよ……」


 丘の上り坂がきつくなり始め、幌馬車の速度が遅くなってきた。

 ニミージとビィビは幌馬車を押し始めた。


「――5年ぐらい前かな、当時はオイらが買い出し当番で、よくロッテルで買い出しをしていた時だ。

 オイらはガキだしガロだろ、だからよく変な物をよくつかまされてさ。でも、後で文句をいいに言っても、相手にされない。商売は成立したらそこでおしまい。だます方も悪いが、だまさされる方も馬鹿だってね。オイら悔しくて、で、考えたんだ」


 気温も上がり、坂道の勾配がきつくなってきた。

 キッセも二人をまねて幌馬車を押すのを手伝ったが、これが結構きつい。


「まずは交渉さ。売買が成立するまでしっかりと交渉する。それも自分に有利にね。それにはどうすればいいかって。オイら自身、何も知らなかった。商いとは何か、品物目利き、交渉術……。それらを学んで磨かなくては何も始まらない。

 だからオイら夜明け前からロッテルに行って、準備している商人の手伝いを安い賃金で始めたんだ」


「安い賃金で始めるってトコがミソだな。タダで手伝いするって言ったら逆に怪しまれる」

 額の汗をぬぐいながら、ニミージが感心してうなずいた。


「殆ど、タダ働きだったけどね……」

 ビィビは苦笑した。

「そのかわり商売とは何かって教わった。商人同士のルールや掟。品物の目利きもだ。野菜や肉、魚に香辛料、どこで採れて、どれが旬でどれがいい品物かって、はじめのうちは相手にされなかったけど、毎日、店を手伝いしてると、店の亭主らがオイらの顔を覚えてくれるようになって、少しずつ色んな教えてくれるようになったんだ」


 毎日休まずにロッテルに通い続け、三年ぐらい経ったある日、番頭のムガップに声かけられ、ビィビは大店で働くことになった。 

 身元もはっきりしないルブル地区の住人だが、ビィビは厳しい市場に男たちから信頼されていたからだ。


『商売人にとって信用は、何よりも一番大事なことだ』


 あの時、ムガップが言ったこの言葉をビィビは、今でも胸の奥に大切にしまっている。



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