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蒼碧のつかい  作者: ひよよ
上ノ編
36/65

伍ノ四

 

 これ以上、橋の上でもたついていたらルーシの怒りが頂点になりそうだ。急いで橋を渡り終えると、目の前の光景にキッセは目を見張った。


 多くの還獣クワンシュでごった返す中、先が見えないぐらい多くの露店や屋台がずらりと並んでいる。潮香しおかの香りとともにロッテルの活気に飲み込まれそうだ。


「みんな、はぐれないように! さあ、買うわよ!」

 意気揚々と気合いをいれたルーシの目に興奮の色が見える。


 江汐こうしほ滄河さうがを挟んで東と西では商売の決まりが厳しい。西側では豪商ごうしょう大店おおだな以外の商いは禁止されている。そのため江汐こうしほ蒼生そうせいが日常生活で使う小さな商店は、みな東側にある。

 大店以外唯一、西側で商売が許されているのは、このロッテルの朝市だった。

 港に隣接するロッテルは、景滄離宮えいそうりきゅう華族かぞくたちが別荘地にする以前から、江汐こうしほに住む還獣クワンシュたちの生活の一部だったため、今もここは公認の朝市場になっていた。

 色とりどりの野菜や果物、大小様々な形の魚に貝や海老シャクもの〈獣〉の肉などをはじめ、日用品に布や衣、リーノや薬草などラーレなど、ありとあらゆる新鮮な食材や日用品が誰でも手軽に買えた。

 横李おうりでも市場はあったが、こんなにも多くの物があふれ、見たことない品物を還獣クワンシュたちが、楽しそうに買い物をしている姿をキッセは見たことなかった。

 大勢の行きかう還獣クワンシュの中で、目新しい品物に目を奪われると迷子になりそうだ。キッセは見たい気持ちを抑えて、なるべく露店や屋台を見ず前を向いて歩いた。



 この家の食費を管理するのはルーシの仕事だ。

 少ないお金で、質の良い物を買うのは大変だ。ましてルーシはガロの少女だから、だまされることも多い。でもルーシはよく心得ており、次々に鮮度のよい物を選んでは根気よく交渉し、時には値切ったもしていた。


「ルーシすごいでしょ? いつもいい品を安く買うの。私にはあんな風に買い物できないわ」

 ルーシが値切って買った芋を、麻袋に詰めながらミシャが言った。

「本当だな……」

 キッセはルーシが買った品物を次々と荷車にぐるまに積んだ。小さな荷車はあっという間に品物でいっぱいになっていく。


「そんなことないわ。前は質の悪い物もつかまされたりもしたし。でもね、ビィビに教わったの。ビィビは私なんより交渉上手だし、計算も早いのよ」

 ルーシは話しながらも次の目的の店に行くわよと、目を輝かせている。


 重たいお米や芋などは荷車にぐるまに、ほかの物はみんなで分けながら風呂敷に包んだ。スリクは新鮮な菜っ葉を背中に背負ってた。

 米以外にも粟やヒエ、芋なども買った。米を炊くときに一緒に炊くのだ。大家族で腹持ちよく食べるには米だけですぐに底がついてしまう。

 ルーシは「雑穀を混ぜた方が、栄養が豊富なのよ」と、言っているが、キッセにはよくわからなかった。


「買うものはすべて買えたわね」

 予算内でいい物を買えたルーシは満足そうだ。

 その横でスリクがミシャの袖を引っ張った。

「大丈夫、ちゃんと寄るから」

 ミシャがスリクの頭をなでると、スリクの顔がパアっと明るくなった。


 「あの先の角を曲がった所にあるみたい」

 ミシャはスリクの手をとり満足気のルーシに伝えた。

「じゃあ、行きましょう」 

 来た時とは打って変わってルーシは満面の笑みで応えた。


 荷物がたくさんの荷車を引きながら歩いていると、港に近く辺りになのか帆をたたんだ小舟がみえる。

 ミシャの後をついていくと、遠くからいい匂いがただよってきた。

 露店通りの一角を曲がると、たくさんの食べ物の屋台が見えた。どうやらここは屋台の通りだ。

 

 焼き物、揚げ物、蒸し物などキッセが食べたことも、見たこともない物がずらっと並んでいた。

 甘い香りがするリーノをすすりながら楽しそうに談話をしているおじさんもいた。


「ここよ」

 たくさんの屋台の中から、ミシャが足を止めた。

 スリクはそわそわしているのか、先ほどから長い尾がゆらゆらと揺れている。


 屋台からジュウジュウという音と香ばしい香りが漂う。

 ミシャが屋台屋のおやじに注文すると、屋台のオヤジは「あいよ!」と、いきの良い返事をした。


「ちょうど今、揚がったとこだ。可愛らしいお嬢ちゃんたちばかりだから、おまけしといたよ」

 そう言って品物をミシャに手渡した。


 ミシャが受け取ると我慢できないスリクが一番初めに頬張り、熱そうにハフハフしながら食べた。


「どうだチビ! うまいだろ!」

 屋台のおやじは、とりばちから釣銭を数え、ルーシに渡しながら言うと、スリクはそれに答えるように、ニイと笑った。


「スリク、慌てて食べるとやけどするわよ……。キッセも食べて」

 ミシャが差し出したのは、大きな葉を折りたたんだ碗状の中に、揚げた団子みたいのが入っていた。その上にソースがかかっている。


 ルーシは釣銭つりせんを数えをふところへしまうと

「これは揚げぺパよ。おいしそうね」と頬張った。


 キッセは揚げぺパに刺さっている串をとり、アツアツの団子を口に入れた。

 香ばしく揚がった団子状のものは、魚のミンチに刻んだ香味野菜を混ぜたものだった。外はカリっと中はふんわりした魚の団子に、甘酸っぱく微かにピリっと辛いタレがおいしい。


「おいしいわ、この揚げぺパ!」ルーシは頬に手をあてた。

「うまいだろ! 自家製のキアが隠し味だ」

 屋台のおやじは大きな鍋で揚げているたくさんのぺパを、大きな網じゃくしで掬い、揚げ具合を確認しながら

「それに、うちは他の店と違って、古いヤーブは一切使ってないからな!」と、嬉しそう言った。


「キアってなんだ?」と、キッセが訊くと

「キアは、アミシャク〈小さなエビ〉の塩漬けを発酵させた調味料よ」と、ミシャが教えてくれた。


「それに、このかかっているムラ―ソースが絶品ね」

 ルーシが言った通り、ぺパにかかっているタレが食欲をそそる。


「ガロのお嬢ちゃん、わかってるね! 我が家のムラ―ソースとキアは門外秘伝でね。うちのバアさましか作れないのさ。孫の俺にさえ作り方一切教えないから、困ったもんよ!」

 おやじは首にかけていた布で汗をぬぐいながら、豪快にわははと笑った。


 ムラーソースは、熟していない果実を塩と酢に漬けて発酵させ、すりつぶしたスペニン〈香りが強い球根〉や香辛料を入れたタレだ。各家庭で果実の種類を替えたり、香辛料の配合が違う。

 江汐こうしほ還獣クワンシュたちはこのおふくろの味ムラ―ソースが大好物だった。

 蒼国の最南にあるこの港町・江汐こうしほ青海せいかいの恵みに漁が盛んな町である。

 そのため魚を煮たり焼いたり、天日干しにしたりして魚を食すことが多い。

 そのほかは小海老アミシャクの塩漬け発酵させたキアや、ユショと呼ばれる魚と塩で作られる液体の調味料などがあり、それらは帝都でも人気の江汐こうしおの特産の一つだ。


 ルーシの言葉がよほど嬉しかったのだろう。

 持ち帰り用にと、一つ包んでもらうと屋台のおやじがたくさんおまけしてくれた。それをルーシは満面の笑みで受け取った。


 みんなで揚げぺパを食べていると、知り合いとあったのか、少し離れた所でルーシが誰かと話していた。

「ペーポ?」と、ミシャが戻ってきたルーシに訊いた。

「そうよ。今日はモスミィの当番で買い出しの途中みたい」

「大変ね。ペーポも……。で、あの話はほんとうなの?」

「うん……。最近は、炊き出しに来る還獣クワンシュが増えて、費用もかさんでいるから、モスミィの回数を減らすか、モスミィ自体をなくす話がでるんだって」


 モスミィとは、江汐こうしほの大店たちがお金を出し合い、孤児や貧しい環獣クワンシュたちに週に一度、寺院で食事をふるまうことだ。 


「それは困るわね。あてにしている環獣クワンシュが多いのに……」

 ミシャが気の毒そうに言うと、ルーシは眉間にシワを寄せた。


「本当よ! あんな大きな塔を建てるより、もっとやるべきことがあるわ!」

 ルーシはスリクが食べようとした残り一つの揚げぺパをサッと口の中にいれた。

 



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