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蒼碧のつかい  作者: ひよよ
上ノ編
31/65

肆ノ七


 翌朝、雨は降っていないが、どんよりとした曇り空だった。


 油屋の亭主は昨日言っていた通り、朝早くに出発した。

 冴えない天気だったが、思っていたよりも道のりは順調だった。ただ江汐こうしほと違いこの蒸し暑さには、ペルもヴェルクも体がこたえた。

 時折、休憩を挟みながら進んで行き、このまま行けば日が暮れる前に横李おうりに着く頃だった。


 江汐こうしほを出発してからは、江霖こうりん街道沿いの小さな村や霖燈りんとうで、顔見知りの家の納屋に荷馬車を置かせてもらい、荷台の中で寝起きをしていたが、この予定外の長旅と蒸し暑さに疲れたペルとヴェルクは、横李おうりに着いたら、せめて美味しい物でも食べようと話していると、先を行っていた油屋の荷馬車が停まっているのが見えた。


「――どうしたのかしら?」

 ペルは荷馬車から降りると油屋の荷馬車へ駆け寄った。


「何かあったのですか?」荷馬車の横に立っていた油屋の亭主に訊いた。

 

「いや、アンタたちを待っていたんだ……」

 油屋の亭主が目をそらしながら剣呑に答えた。


「おめさんたち、危なねぇぞ……」

 ペルが声の方を振り向くと荷台の奥からから、カロックの老人がゆっくりと降りてきた。背が曲がっている老人を、油屋の亭主がそっと支えた。


「今しがた、すれ違った知人からが聞いたんださ。十日ぐれい前に横李おうりで何やら、えれー騒ぎがあったんだってよ……」

 老人は油屋の亭主が出してきた木箱にゆっくりと腰を下ろした。


「ワシらは今夜、横李おうりに泊まるじゃが、お前さんらは横李おうりへ行かん方がええ」 

 老人の話を聞いたペルは平静を装うよう笑みをみせた。


「ありがとう、でも私たちは平気よ。気をつけ……」

「止めたほうがいい」

 老人の隣にいた油屋の亭主がペルの言葉を遮った。

 口を開きかけては閉じ、ペルの顔をじっと見た。しばらくして言いにくそうに話し始めた。


「……ガロの、ガロの子らが襲われたんだ……。それも惨いやりかたで……」

 よほど酷かったのだろう。ペルはが詳しく訊こうとすると、油屋の亭主は言葉をにごした。それを見受けた老人が話を続けた。


「見ての通りワシらは、息子も嫁もカロックじゃ、それに横李おうりには親類がおる。――じゃが……」


 老人は白く濁った眼で、ペルを見据え

「アンタはガロだし、連れの大男はおうしじゃろ? ――横李おうりに知り合いでもおるのか?」

 老人の問いかけに、ペルは首を横に振った。


「悪いことは言わない、霖燈りんとうに引き返した方がいい……。今は騒ぎも落ち着いたらしいが、まだ変な輩がここら辺りをうろついているみたいだ……」

 亭主は気の毒そうにペルを見た。二、三日の付き合いだったが、悪い奴らではなかったからだ。

 ペルはうつむき少し黙っていたが「知らせてくれて、ありがとう……」と、亭主と老人に礼を言った。


 重い足取りでヴェルクの元へ戻ろうとすると

「ちょいまちな!」

 かっぷくの良い油屋の妻が、ペルを引き留めた。


 ズカズカとペルに歩みよると、布袋から堅果けんかがたっぷり入った大きなシトパ〈固めのパン〉を取り出した。

「これ、持っておいき」

「こんなに大きいの……悪いわ。今、お金を……」

 ペルの言葉に油屋の妻はガハハと豪快に笑った。

「カネなんていらないよ! 私たちは横李おうりに着いたら、うんと美味しモン食べるから、待っておいき」

 そう言って戸惑うペルに、大きなシトパを渡した。

「短い付き合いだったけど、こんなご時世だ。お互いがんばろうさ」

 シトパを受け取ったペルの小さな手をギュっと握った。



 ペルは荷馬車に戻り、ヴェルクに事情を説明した。

 しばらく二人で悩んでいたが、もうすぐ日が暮れる。どのみちこのまま引き返しても、道中で夜を迎えてしまう。

 ヴェルクは、少し引き返した所に荷馬車が停められる場所があったのを思い出し、一先ず、今晩はそこで野宿することにした。



♢♢♢



 早朝、深夜からシトシトと降り出した雨脚が強くなっていた。

 あいにくの天気で辺りはまだ暗かったが、隠れるように荷台に乗っていたペルにとっては都合の良い天気だった。


(このまま無事に横李おうりを通過できそうね……)



 昨晩、油屋の妻から貰ったシトパを食べながら、ペルとヴェルクは話し合った。

 ここから霖燈りんとうへ戻ったとしても、江汐こうしほに確実に帰れる保証はないと思った。

 氾濫した川の水が引くにはまだ時間が掛かるし、橋だってそうそうに復旧しないだろう。

 もうここまで来たのだからと、二人は霖燈りんとうには戻らず、夜が明ける前に横李おうりを通過することにした。



 運が良かったのか雨のおかげなのか、ペルたちは何事もなく、無事に横李おうりを通過できた。

 ほっとしたペルは、荷台から顔を出すと、雨脚は弱くなり、薄曇り空が明るくなり始めていた。


 その時だった――キッセが道端に倒れていたのだ。


『もう助からない』と、反対するヴェルクを押し切って、ペルはキッセを荷台に乗せ、連れて帰った。





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