肆ノ四
一日中、江汐の町を歩き通しで疲れたキッセとビィビは青い砂浜の上に寝そべっていた。
潮香の香りと波の音に包まれ、広い空には見たことのない大きな鳥がゆっくりと旋回しながら飛んでいく。
東の空から、大きな星がポツリと見えはじめていた。あと少ししたら、日が暮れるだろう。忌しの青星は昼間とは違い、月の隣で青く輝きはじめていた。
「あの青星のせいで、災いが増えているって本当か?」
キッセは隣に寝ているビィビに訊いた。
「どうだろう? 水禍とかが、あの青星のせいで起こるとはオイらは思わないよ。――だけどここ最近、天災が増えているのは確かだ」
ビィビはゆっくり起き上がり、青海に目をやると、陽がゆっくりと青海に沈みはじめていた。
「みんな不安だから、何かのせいにしたいんだと思うよ……。でも、大丈夫さ。この国は蒼龍様が守ってくださるから」
「そうりゅうさま……?」
「蒼国は、靑の帝が治めているけど、この国を見守ってくださるのは蒼龍様だ」
ビィビの話を聞いて、キッセは突然、心の奥底からふつふつと怒りが込み上げてきた。
「オイらたちが毎日無事に生活できるのも、美味しいご飯が食べられるのも、みんな蒼龍様の御力おかげさ」
「そんなのウソだ! 嘘に決まっている!」
大声を上げキッセは飛び起きた。
「もしそれが本当だったら、なぜ蒼龍は私たちをほっといたんだ!」
驚いたビィビが見上げると、キッセの全身は怒りで震えていた。
(蒼龍がこの国を守っているなら、ミッケはあんな死に方しなかった……)
♢♢♢
ミッケを見捨てて横李から姿を消したキッセは行く当てなどなく、気が付いたら森の中にいた。
あの放火の後、キッセと同じガロの孤児らは、町から徐々に減っていった。
火事で負った火傷が化膿して死んでしまった子。住処を求めて新しい町へ旅立った子。
ほとんどの孤児はキッセと同じように森に逃げ込んでいた。
けれど森に逃げ込んだものの、孤児たちは、ますますやつれていく一方だった。
今まで孤児たちおのおの、町のどの場所に残飯があるかを把握していたし、残飯が無ければ盗みもできたが、町にいればそれなりに生きていくことができたが、森の中ではそうはいかなかった。
生きてく知恵のない孤児たちが森で暮らすのは不可能に近かった。
生っている実など食っても、腹の足しにはならず、日が経つにつれ座り込む孤児が増えていき、そのまま立ち上がることは無かった。
亡骸はこの暑さで虫に覆われ、死喰い鳥や毛の物〈獣〉の腹におさまっていく。
死の臭いが漂う森の中で、キッセの何かが壊れかけていた。
ほんの数日前までは朝から晩まで、あんなに腹が減ってたまらなかったのに、今は水すら飲みたいと思わなくなった。
なんの為に生きているのだろうか、なぜ生きているのか? こんな残酷で無意味な日々に何の意味があるのだろうか?
――私は何なのだろう
死んでいく子に同情など感じない……。食べ物が無いのは当たり前で、飢えて死んでいくのも当然のような世界の中で生きていた。それがごく普通の日常で、それをおかしいと、疑問に思うことすらなかった。
――何一つ、何もなかった
キッセは生まれてから何も無かったのだ。あるとすれば苦しみと悲しみだけだった。
――ああ、死ぬのか……
キッセはもう眠ることもなかった。常に誰かに見張られている気がして、微かな音でも、びくついた。眠ってしまったら自分もミッケと同じように弄り殺しにされ、この森の中で朽ち果てて死ぬのではないか……。
死はすぐ傍にいるなのに、それでも死にたくなかった。
一日、一日と過ぎていき、次第にゆっくり、ゆっくりと意識が途切れていき、息をしているのさえ分からなかった。
せめてガロではカロックにでも生まれていれば、今より少しはマシな生き方ができたかもしれなかったが、もう、どうでもよかった。
――キッセが憶えているのはここまでだった。
目覚めた時は森の中ではなく、縁台の上に寝かされていて、そして今はここにいる。
「キッセ…… ごめん、オイら……」
「……ビィビ、あんたが謝ることないよ。当たって悪かった」
ビィビから蒼龍がこの国を守っていると聞いたとたん、キッセは腹の底から、抑えきれない怒りが噴き出した。
なぜこんなに、怒りがこみ上げたのか判らなかった。キッセは大きく息を吸い込んで両手で顔を拭った。
遠くから昏鐘が鳴るのが聞こえる。
キッセの怒りとは裏腹に、夕焼けが燃える青海はとても美しかった。




