肆ノ三
ビィビは一日中、キッセを江汐の隅々まで案内してくれた。
見る物、食べる物、触れる物すべてにキッセは興奮し驚いた。
「最後はこっちだ」
ビィビの後について細い路地を抜けると、いきなり目の前が開けた。
キッセの目に飛び込んだ風景。すべてが青色だった……。
雲一つない空も、見たこともない広さの池も、足元の砂も、全て青色一色だった。
「真っ青だ……」
キッセは思わず息を飲んだ。
空が、水が――いや、大きな池がどこまでも、どこまでも果てしなく続いている。その大きな池に沿って、淡い青い砂がずっと遠く先まで続いている。
――ザァーン…… ザァーン……
遠くから聞こえてくる飲み込まれるような音と、洗濯物を干していた時に屋上で香ったあの匂いがする。
「いい匂いの池だな……」
ぽつりと言ったキッセに、ビィビはニコリと笑った。
「やっぱり今日、連れて出して正解だ。――これは池じゃなくて海さ。それにいい香りだろ。この匂いは潮香の香りだ」
「う、み? うみって言うのか、この大きな池……」
「あそこに波が見えるだろう?」
ビィビが指した方向に白く泡立ちながら、引いたり戻ったりと水が動いているが見えた。
ビィビは足元の薄青い砂を両手ですくうと、ビィビの手の隙間から薄青い砂がサラサラとこぼれた。それがとても綺麗でキッセも両手で砂をすくうと、手の隙間から砂をこぼした。
「海にはあの波と、この砂で出来た砂浜がある。それに……」
ビィビは突然、その海に向かって走りだした。バシャバシャと波に足をつけると
「池との違いは、舐めてみるとわかるよ!」
大きな声で手招きしてキッセを呼んだ。
ビィビに呼ばれても、海があまりに広くてなんだか怖く感じた。
キッセはゆっくりと浜辺へと歩いた。
快い甘い潮香の香りに、大きな波の音が響き、海に近づきにつれ、しっとりとした細かい青い砂が足の裏にまとわりつく。
キッセは緊張しながら、波打ち際まで近づくと、ザブーンと大きな波がキッセ足を飲み込んだ。
(——冷たい)
波がさらうたびに足の裏がこそばゆい。
キッセはビィビに言われたとおりに、海水をそっとすくって、ペロりと舐めた。
「なんだ、これ! しょっぱい!」
ぺっぺっと吐き出しているキッセの姿に、ビィビがケラケラと笑った。
「驚いた? 海は塩辛いんだよ!」
頭にきたキッセは、ビィビ目掛けて海水を蹴り上げた。
「しょっぱ!」
キッセもビィビと一緒にケラケラと笑った。
♢♢♢
キッセは広大な海ずっと眺めていた。
「この海はどこまで続いているんだ?」
「うーん、どのくらいだろう? 海の果てに行った環獣なんて聞いたことないから、わからないな……。でも、海は果てしないぐらい広いと思うよ」
ビィビは拾った貝殻を、海に向かって投げた。
「ほら、あそこ海と空の境目が見えるだろう。あれは水平線って言うんだ」
キッセは遠くの水平線を見た。
海と空は同じ青色なのに遠くに一本の線がある。あれがずっと遠くまで続いていると思うと、海って途方もない広さだと思った。
「この海は青海その名の通り青い海さ。それに遠くに薄ら見える半島があるだろう」
ビィビが指差した遥か遠くに、半島が霞んで見えた。
山が連なるその半島は、海の果てまで続いていて、山頂の方は雲に覆われていてよく見えなかった。
「あれは竜尾半島さ。あの竜尾半島のさらに向こう側には溶炎・朱明国があるんだよ」
朝からずっとビィビと一緒にいるが、ビィビの口からは次から次と色んなことが出てくる。初めはひけらかす感じが鼻についたが、今では感心してビィビの話を聞いていた。
「ビィビあんた、何でも知っているんだな……」
「そんなことないよ。これくらい誰でも知っているさ」
キッセに褒められ、ビィビは照れくさそうに背を向けた。
――誰でも知っている……。
あっさりとビィビは言ったが、キッセは何一つ知らなかった。何も知らない世界でずっと生きていた……。そんな自分が惨めに思えた。




