肆ノ二
汐大通りを南へまっすぐに歩いて行くと、今度は大きな十字路が見えてきた。
キッセは迷わないように、ビィビの後に付いて行き、その十字路を右へ曲がると、先の方に大きな橋の袂が見えた。
橋の袂まで近づき、間近に見ると橋の大きさに圧倒される。
「でっかい……、これが橋?」
キッセは初めて見た、大きく立派な橋を橋だと理解するのに時間がかかった。横李にはこんな立派な橋などなかったからだ。
そして橋が架かる河にも驚いた。――とてつもなく大きい河だ。
「驚いたかい? この大河は滄河。そして、滄河に架かるこの橋は五千橋さ」
滄河の河幅はとても広く、向こう岸が小さく見える。
その滄河に石積の橋脚に、弓型に反った木造の大きな橋が五本も架けられている。
「大きな橋だろ! この五千橋の五つの橋が完成するまで、五千日もの月日がかかったって言われているんだ――兎にも角にも蒼国で一番大きな橋と河さ!」
ビィビはへへへっと、胸を張った。
「橋を渡るのはまた今度なっ」
ぽっかりと口を開いて五千橋を見ているキッセの肩を両手で押した。
江汐は、北部にある帝都・靑の都から流れこむ、大いなる滄河を挟んで、東西に分かれている。
東側は江汐の蒼生が暮らしており、緩やかな丘陵が続く西側には、江汐の温暖な気候が好まれ、景滄離宮をはじめとする華族たちの別荘地になっていた。
そしてその東西を結ぶ、唯一の橋がこの五千橋だった。
蒼国の南部にあたる江汐は、温暖な気候に作物が良く育ち、それに加え目の前の海からは、豊富な海産物に塩などが取れる恵まれた土地である。
物が集まれば環獣も集まる。昔から物流が盛んで商業が栄えた。多くの商人が店を構え、各地から環獣たちが出入りする賑やかな町であった。
「この汐大通りと、五千通りがぶつかるこの十字路が、江汐の中心街さ」
滄河沿いの南北へ続く汐大通りと、五千橋が架かる東西の五千通りが、江汐の中心街でだ。港町・江汐は帝都・靑の都に次ぐ、第二の都市だった。
殺伐とした横李の町しか知らなかったキッセにとって、江汐の町は驚きを通り越して、もはや衝撃だった。
キッセがいた横李は環獣の数もそうだが、カロックはしがない格好で、ガロは成獣でも衣など身に着けず、どこか疲れ切ったように歩いていた。
それがここ江汐では、成獣も子どもも、ガロもカロックも関係なく皆、衣を纏いごく普通に歩いていた。
(――本当にいい天気だ)
キッセはまぶしい青い空を見上げた。
横李のどんよりとした山奥と違って、江汐は暖かく、空を遮るものは何一つなく、雄大な滄河の流れと共に暮らしている。
なんだか擦れ違う環獣たちの顔も明るく見えた。
(この町ではこれが、当たり前なんだ……)
キッセは見慣れない光景のせいなのか、なんだか奇妙に感じた。
キッセとビィビは五千橋を背に、五千通りを西へと向かって歩いた。
「汐大通りは、北江街道から江汐入り門、潮門を通ってこの市通へと続くから、旅客を捕まえる宿屋や飯屋が多いんだ。
そして、この五千通りはオイらたちが利用する商店がずらりと並んでる」
ことあるごとに、キッセに説明しながらビィビは「ここで待っていて」と、言うと小さな商店に入っていった。
しばらくすると何らを手にし、戻ってきた。
「さあ、食べよう!」
ビィビが差し出したのは、円錐に巻かれた大きな笹の葉の中に、白い粉にまみれた丸い物が数個入っていた。
キッセはいらないと断ったが、ビィビにしつこく促され、渋々一つ掴んだ。
粉まみれで柔らかい、白い粉の物をそのまま口に入れると、ぐにゃりとした触感と甘い蜜が口にいっぱいに広がった。
「うまい!」
それは蜜餅だった。柔らかい餅の中に、果物の蜜餡が包まれており、色によって違う味がする。
キッセはとろける蜜餅に目を細めた。
「――やっと、笑ってくれた」
「なんか言ったか?」
キッセに聞き返されると、ビィビは照れくさそうに、残りの蜜餅全部をキッセに渡すと、そそくさと先を歩いた。




