肆ノ章 港町・江汐
「イタっ!」
屋上にいたキッセの顔に何かが当たった。頬を擦っていると今度は腕に当たり、小さな小石が足元に転がった。
(――なんだ?)
キッセが辺りをきょろきょろしていると
「おーぃ、おーぃ……」と、誰かが小さな声で呼んでいる。
キッセは屋上から下をのぞいてみると、集合住宅を囲む木の塀の外でビィビが手を振っていた。
「アンタ! 何してるのさ」
キッセが大声で言うと、ビィビは慌ててシーっと口元に指を当て、こっちへ来いと手招きした。
(――めんどくさい奴だ)
チッ、とキッセは舌打ちすると、屋上からヒョイっと家の戸口前に飛び降り、ルーシとスリクに見つからないように、塀の木の戸からこっそり表へと出た。
キッセが共同水場の前にいくと、ビィビが驚いた顔で駆け寄ってきた。
「キッセ大丈夫か! いきなり屋上から飛び降りたからオイら、驚いたよ!」
心配したビィビをよそに、キッセはうんざりした顔だ。
「何の用だよ、手招きなんかして」
ビィビは用心深く周りを見回した。
「よし、チビ助はいないな。――キッセ、江汐を案内してやるよ」
いきなりビィビにそんなこと言われ、キッセは少し戸惑った。
「いらないよ、案内なんて」
キッセはめんどくさそうに断ったが、そんなのお構いなしにビィビはキッセの手を引くと
「そんなこと言うなよ。キッセは江汐の町、初めてなんだろ。オイらいいところ知っているからさ!」
半ば無理やりキッセを連れ出した。
正直、キッセは町案内なんて興味が無かったけれど、ずっと寝込んでいて退屈だった。
それにこれ以上、ルーシの手伝いもしたくなかったので、キッセはビィビの誘いに乗ることにした。
♢♢♢
「オイらたちが住んでいるこの場所は、江汐の東側でルブル地区って言うんだ。ルブルは江汐の言葉で白い物って意味さ。
集合住宅は白い漆喰で塗られているだろ。江汐では漆喰の原料のライム石が、豊富に採掘されるからこうやって壁に塗っているんだ」
キッセはビィビの説明などまったく聞いていなかった。そんなことに気づかないのか、気づかないフリをしているのか、ビィビは話を続けた。
「江汐は夏はとても暑いんだ。白い漆喰の壁は太陽の熱を和らげる効果があるから、塗っているんだ。それに見た目もきれいだろう?」
何かにつれて説明をはじめるビィビに連れられ、キッセは細い路地をしばらく歩き、密集した白い集合住宅を抜けると広い通りに出た。
「ここは、江汐の中心街……」
ビィビの声など耳から離れ――キッセは目を奪われた。
真っ白な広い道に、大勢の還獣。
道幅の広い大通り沿いを集合住宅とは違う、間口が狭い木造の建物がびっしりと並んでいた。
その一軒、一軒が屋根看板や下げ看板などを掲げており、そこには宿や飯などの文字や絵が描かれている。
「いらっしゃい! お客さん寄ってきな!」
「毎度ありがとよ! またよろしく!」
そこかしこから活気の好い声が飛び交っている。
「すごい……」
あまりの凄さにキッセは圧倒され、茫然と立ち尽くしていた。
建物も立派だが、何といっても環獣の多さだ。こんなに大勢の環獣たちが行き交うのをキッセは初めて見た。
目を見開いて、通りを見ているキッセの姿にビィビは何だか嬉しくなった。
「真っ白な通りだろ。この大通りは汐大通りって言って、江汐で一番大きい通りなんだ。ここら辺りは、宿場と食事処の店ばかりさ。
このまま、汐大通りを南へ行くと、五千通りにぶつかるから、そこまで行こう!」




