参ノ七
「さっき、共同水場でおばさんたちが言っていた忌み星って何だ?」
「忌み星?」
ルーシは洗いたての洗濯物をパンパンと叩いて、シワを伸ばした。
「ああ、【忌まわしの青星】ね。——それならあそこに見えるでしょ」
そう言ってルーシは空を指差した。
キッセが見上げると、青い空に浮かぶ消えそうな月の隣に、青白い彗星が見えた。
いつも見ている空と何な変わりない空だ。
「何で、あのほうき星なんかを、忌み星なんて呼ぶんだ?」
さあ、とルーシは眉を上げた。
「よくわからないけど。あのほうき星が現れてから、この国に良くないことが多くなったんだって……。それで忌まわしの青星で、忌み星ってみんな呼んでいるのよ。――キッセ、そっち持って」
キッセは言われたとおりに大きな布の端を持ち、二人で布を広げしわを伸ばした。
「あの星って……いつから在るんだ?」
布を広げながらルーシは肩をすくめた。
「ペルが子どもの頃は、在ったり無かったりしたみたい。ただのほうき星なのに皆、悪いことが起こるって迷信がちゃって困るの……」
二人で大きな布を干すと、ルーシはねじり縄の隙間に細かい洗濯物を挟みながら次々と干していく。
「この洗濯柱だって、洗濯物を干す以外、立てるとタルオさんがうるさいのよ。挿しっ放しの方が楽なのに、柱で忌み星を指すとこの家に災いが降るって……」
ルーシは空を見上げ、一日かけて月の周りをまわる青いほうき星を見た。
「——でも、不思議な星よね。月の周りをぐるぐる回っているなんて……」
その不思議な青い星をルーシと一緒にキッセが見上げていると下から「よいしょ! よいしょ!」と、スリクが梯子をつたって上って来た。
「キッセーー!」
スリクはキッセを見つけると、駈け寄って抱きついた。顔を洗ったのかうっすらと毛が濡れている。
「スリクはキッセが好きなのよ」
「えっ」
突然ルーシにそんなこと言われ、キッセは戸惑った。
「キッセが寝込んでいる時、スリク、ずっと側にいたでしょ。それにキッセがいつでも冷たい水が飲めるようにって、毎日、何度も何度も共同水場に水を汲みに行っていたしね」
確かに言われてみれば、スリクはいつも傍にいた。それと食台にたっぷり水が入った水差しが常に置いてあったのをキッセは思い出した。
(あれは、チビ助が汲んでくれたのか……)
スリクはキッセと同じ猫に似たガロだった。まとわりつくスリクに、キッセはどうしていいのか判らなかった。
そんなことお構いなしに、キッセに抱きついたスリクの長いしっぽが、ユラユラと嬉しそうに振れている。
「スリク、ビィビは?」
ルーシが訊くとスリクは目をキョロキョロさせ、キッセに抱きつき顔を隠した。
「わからない……。お仕事、行っちゃったのかな?」
「……まったく。二人揃って、キッセが好きなのね」
あきれたルーシは洗濯物を干し終わると、スリク連れて一緒に下の部屋へと降りて行った。
ひとりになったキッセは屋上でぼんやりと空を眺めた。
「空、広いな……」
雲一つない広い空には、ぼやけて見える昼間の月と、その月の周りを一日かけて回る不思議な青い星が見える。
先ほど干した洗濯物が、風でなびいている。キッセは大きく息を吸い、遠くを見渡した。
青い空と白い漆喰が塗られた集合住宅が続いていて、遠くに山が見えた。どの家の屋上にも、ここと同じように、洗濯物が心地よくふわりとゆれている。
時折、風に乗って嗅いだことのない甘い匂いが鼻をかすめる。
キッセは今まで一度も横李の町を出たことが無かった。町が変わるだけで、こんなも感じが方が違うのかと思いもしなかった。
日差しがとても強く、空の青さが眩しかった。山に囲まれた横李と違って、真っ青の空が目にしみる。
キッセは、この何ともいえない解放感に心が満ちていた。
「やっぱり! ビィビったら、皿洗いしてないわ!」
明かり戸の下から、ルーシの怒った声が聞こえた。




