参ノニ
キッセはよく眠った。
食事と薬と用を足す以外、キッセの体は起きる意志など全く湧かなく、ただただ眠りを要求していた。
この家に連れてこられ四日目の早朝、キッセは目を覚ますと不安定な吊り床〈ハンモック〉から慣れたようにモソモソと起き上がった。
「おはよう、キッセ。具合はどう?」
先に起きていたペルが声をかけた。
キッセはただ黙ってコクリと頷くと、ペルはキッセの側に近寄り、額に手を当てた。
「熱は下がったみたいね。顔色もいいわ」
ペルは嬉しそうに言うと、今度はキッセの体をあちこちと触れた。
「皮膚の赤みも引いている。治りかけは痒みがでるけど、掻いては駄目よ」
あの不味い薬が効いたのか、体の痒みが治まり深く眠れ、食事もありつけたおかげで体力は大分回復した。体はまだ少し重いが、酷かった皮膚病にはきれいな瘡蓋ができ始めていた。
「そういえば、まだ全員を紹介していなかったわね。――キッセこっちへ来てちょうだい」
そう言ってペルはキッセを隣の部屋へと招いた。
部屋の戸口の扉が開いていて、朝の光が差し込んでいた。白い漆喰の壁に朝の光が反射して、部屋が明るく感じる。
食卓と台所が一緒の部屋だ。けして広くない部屋の片隅にある小さな竈で、鍋を混ぜているカロックをペルは指さして
「彼女はミシャ。あなたより、七つぐらい年が上かな」
ミシャはスラっとした背丈のカロックだった。
尖った耳に亜麻色の体毛。その体毛より濃い亜麻色の長い髪を一括りにしていてた。
ミシャはキッセに気づくと「おはよう」と、緩やかな声であいさつをした。柔らかな笑顔に片方の瞳は白く濁っていた。
「俺はアジル!」
背後からアジルが、木の器をいくつか抱えながら言った。
アジルは黒茶の体毛に犬に似たガロだ。でも少し風貌が変わっていた。ガロなのだが、背丈が高く、見た目が少しカロックに似ていた。
その時、戸口から大男のカロックが部屋に入ってきた。
キッセは一瞬、身を構えたがペルは気にせず紹介した。
「彼はヴェルクよ」
ヴェルクは小さい黒い垂れた耳に、白茶色の体毛だ。首や顔辺りは黒っぽい毛色で、大きな体格に目がクリッとして優しい顔だった。
「ヴェルクの後ろにいるのが、ルーシとスリク」
ヴェルクの後に連れて部屋に入って来たのは、赤毛の体毛でウサギに似たガロのルーシと、黒地に白のまだら模様の体毛で、猫に似たガロのスリクだった。
「それと、もう出かけてしまって……」
ペルの声が聞こえたのか、奥の部屋から「いるよ」と、顔に寝癖を付けたビィビが出てきた。
ビィビは黒い体毛のサルに似たガロだった。顔の周りをたっぷりな白い毛で覆われている
「あれ? どうして居るの?」
不思議そうなペルをよそに、ビィビは「顔洗ってくる」と、そそくさと表へ出ていってしまった。
「できたぞ!」
ドン! と、食台の上にアジルが完成した鍋を置くと、ミシャが木の器に次々に盛った。おのおの決まった席へ座り、ミシャから器を受け取ると朝飯を食べ始めた。
「キッセ、ここに座れよ! ミシャが作った飯はうまいゼ!」
キッセはアジルの隣に座ると「どうぞ」と、ミシャが粥を盛った木の器をキッセに渡した。
ふんわりと湯気の中に、小さく切った芋が入った米粥。その上に、細かく刻んだ塩漬け菜が散らばっている。
「いろいろ話をしたいのだけど、みんな今から仕事に行くから、話は帰って来た後でいいかしら?」
ペルは粥を食べながらキッセに言うと、遠くからカーン、カーン、カーン……と、時刻を知らせる、朝の鐘が聞こえた。
「やだ、もうこんな時間! ――昼間はルーシがいるから、何か困った事があったら聞いてちょうだい!」
ヴェルク、アジル、ミシャはとっとと朝飯を食べ終え、家を出ていた。
「ルーシ、キッセが着られる衣を何か、みつくろってあげて!」
そう言ってペルはさっと粥を平らげると、急いで家を出た。