参ノ章 忌まわしの青星
目が覚めると、キッセは布に包まれていた。と、いうより大きな布袋の中にいた。
いつの間に、こんな袋みたいな布の中で眠っていたのか、キッセはうまく思い出せなかった。
布袋から出ようとしたが、まだ微熱があるせいなのか、袋の中はユラユラと不安定でうまく起き上がれない。
「おっ、目が覚めたか」
キッセを包んでいる布越しから、男の声が聞こえた。
ガバっと布が広げられると、見たこともないガロの青年の顔が、キッセの頭上にひょっこりと現れた。
「よっ! 俺はアジル。待っていろ、今、ヴェルクを連れてくる」
キッセが眠っていた、継ぎ接ぎだらけの吊り床〈ハンモック〉が、ユラユラと揺れたのに気付いたアジルが覗きながら言った。
「おい、ヴェルク! キッセが目覚めたぜ。降ろしてくれ」
アジルの声と共に、吊り床を覗いたのはカロックの大男だった。
驚いたキッセは「やめろ! 近寄るな!」と、大声を上げるが、大男のカロックはものともせず、太い腕でキッセを抱えようした。
キッセは、もがきながら大男のカロックの頬を蹴り上げた。
一撃を食らった大男は全く動じず、布の中で暴れて抵抗するキッセをよそに、ヒョいっと軽々と抱き上げ、傍の寝台の上にそっと置いた。
「ふーぅ」と、大男のヴェルクはため息交じりに息つくと、何も言わずに蹴られた頬を擦りながら、隣の部屋へと行ってしまった。
「お前…… そんなに吊り床が好きなのか?」
肩で息をしているキッセを見て、アジルは肩をすくめた。
「何を大騒ぎしているの?」
騒ぎを聞いてペルが隣の部屋から覗いてきた。
「あら、キッセ、目が覚めたのね! ――どう体調は? あなた縁台の上で気持ちよさそうに眠っていたから、ヴェルクが吊り床の中に入れたのよ」
ペルはキッセに近づき、おでこに手を当てると
「……まだ、少し熱があるわね。ご飯食べられそう?」
多少熱っぽいが、体の痒みが和らいだおかけでとても深く眠れ、キッセの体は大分楽になっていった。
キッセは、ペルの顔を見ることなく黙ってコクリと頷いた。
「よかった。でも、その前に……」
ペルは一端、隣の部屋に戻ると、盆の上に木の湯呑をのせて持ってきた。
「薬湯よ。タルオさんから分けて貰った薬草を煎じておいたの。味は……アレだけど、皮膚病に良く効くから、残さず全部飲んでちょうだい」
ニコリと笑って、キッセに湯呑を渡すと、また隣の部屋へと戻って行った。
木の湯呑の中から、嗅いだことない臭いがする。
キッセは眉をひそめながら、湯呑に鼻を近づけクンクンと嗅いだ。
――クサい
目が覚める臭いだ。色味も泥水のようで、とてもじゃないが口になんて入れられない。
(何に効くんだよ、こんな泥水……)
キッセがためらっていると、隣で椅子に座っていまスリクが
「こーやって、飲むんだょ」と、鼻をつまんで飲むフリを見せた。
キッセは横目でチラりとスリクを見てから、ペロリと液体を舐めた。
――苦くてマズい。見た目通りの味だ。
飲んだフリをしてその場に捨てようと思ったが、スリクは鼻をつまんだまま、瞬きせずにじーっとキッセを見ている。いや、見張っている……。
(くそチビが!)
キッセは観念し、鼻をつまんで一気に飲み干した。
♢♢♢
「熱いから気をつけて」
ペルから渡された木の器からは、美味しそうな湯気がふわりと立っている。
優しい香りのサラサラとした雑穀米の粥に、ほぐした焼き魚と細かく刻んで炒めた菜っ葉がのっていた。
キッセは木の匙ですくって食べた。
(……うまい)
温かい食事が体と心に沁みわたる。
(まともな飯だ……)
温かい食べ物が腹へ入ると、こんなも心がほぐれるのかとキッセは思った。今まで生きてきて、キッセはこんな思いで食べ物を食べたことが無かった……。
ただ、生きるだけの食事……いや、食事とは言えるものではなかった。生きるために食べるのではなく、食べるために生きていた。
自分はそんな惨めな暮らしを送っていたのだと、改めて突きつけられた。
キッセはこみ上げるものを必死に見せまいと、下を向いたまま、黙って黙々と食べた。
食事を食べ終えると、あの苦い薬が効いてきたのか、眠くなったキッセは吊り床〈ハンモック〉へとそろそろと潜り込んだ。
翌日、目覚めると昼過ぎだった。
どうにか吊り床から一人で起き上り、外にある共同の厠で用を足せるようになった。
ルーシからあの不味い煎じ薬を飲まされ――薬湯を飲む時は、なぜか必ずスリクが見張っている――温かい粥をすすり、また眠る。
夜中に目が覚めては用を足し、水を一口飲むとまた深い眠りについた。