弐ノ八
環獣の中でもガロは、獣のように全身が毛で覆われているため、適度に清潔にしないと、ムミという小さな血吸い虫が体全体に棲みついてしまう。
血を吸われた患部は、強い痒みに襲われ、掻き毟ってしまう。
傷ついた皮膚は炎症し、そこから酷い皮膚病を患う。
ムミよけの丸薬を服薬していれば、ムミに集られることもないのだが、この丸薬は高価なため、貧しいガロにはとてもじゃないが手が出ない。
「可笑しな話よね。ガロための丸薬なのに、肝心のガロが買えないなんて……」
「オイらは飲んでいるけどね」
ペルはクスっと笑いながら
「ビィビはね。大店で働いているから、お店から支給されるのよ。本当、羨ましいわ」
ビィビは得意げな顔を見せたが、キッセにはどうでもよかった。
「丸薬が無理でも、蒸気風呂ぐらい気軽に入りたいわ……」
ペルは手ぬぐいにジュプの薬湯を浸して、キッセの顔を丁寧に拭うった。
この町には、ペジマールと呼ばれる公衆浴場がいくつかある。公衆浴場と謳っているが、入湯料が高く、貧しいガロやカロックは、滅多に行くことは無かった。
ムミが熱に弱いとはいえ、そうそう毎日湯を沸かすことは出来ない。安価とはいえ、燃料のボナ代も馬鹿にならないからだ。
だが、幸いなことに、ここでは安価な石鹸が手に入る。そして水が豊富だった。
今、キッセが使用している行水場と同じようなものが、ここら辺りの長屋には必ずあり、体が汚れてくると行水場で体を洗い、清潔を保っているのだ。
「そういえば、キッセはいくつなの?」
「……わからない」
キッセはぽつりと言った。
「おいおい、自分の歳も分からないか?」
ビィビは驚いたが、同時に気の毒に思えた。
「まあ、いいじゃないの。――多分、ルーシと同じくらいよ」
そう言ってぺルは、最後の仕上げに綺麗なお湯を掛けた。
キッセはペルに支えながら、ゆっくりと立ち上がり、体をブルブルと振るわせて水気を飛ばした。
ペルは清潔な布を広げてキッセの体を包むと、キッセを先ほどの縁台まで連れて行った。
天気がとても良く、縁台には小さな日当たりができていた。
濃い草の匂いのジュプだったが、次第に香りが和らぎ、優しい草の香りがキッセの体を包む。
「この陽気なら、そこに座っていればすぐに乾くわよ。――ビィビ! まだお湯ある?」
ビィビは湯釜を覗いて、あるよと合図を送った。
「さーて、私も体を洗おーっと」
ペルはぐーっと伸びをすると、行水場へ戻って行った。
キッセが布に包まって座っていると、チビすけのスリクが木の盆の上に何かをのせて、家から出てきた。
「これ、飲んで!」
スリクから木の湯呑を受け取ると、中には温かい白い汁が入っていた。
クンクンと匂いを嗅ぐと好い香りがする。
一口飲んでみるとほんのり甘く、小さな米の粒が残っていた。
先ほど食べたズーアといい、この飲み物といい、キッセはこんなに甘い物を食べたのは生まれて初めてだった。
体がすっきりして気持ちが良い。
ジュプの葉の薬湯のおかげか、あんな痛くて痒かった背中や腹、脇辺りが楽になっている。
キッセは今までで味わったことのない爽快感に心がほぐれていく。
(湯で体を洗うと、こんなに気持ちがいいのか……)
キッセは大きなあくびを一つした。
お日様の匂いがする布に包まれて、キッセは至福な気持ちの中、そのままウトウトと眠ってしまった。