弐ノ六
キッセが声の方へ振り向くとそこには、カロックの老婆が立っていた。
背の高い、ひょっろりと枯れ木のような老婆だ。耳や体の毛は少ないが、耳下に綺麗に切りそろえた白髪交じりの艶のない髪がたっぷりとある。
目の前に突如現れたカロックに、キッセは思わず身を構えた。
「また、こんな子汚いガキを拾ってきて」
「……ホントね。でも、ほっとけなかったのよ」
やれやれと呆れた顔で、老婆は「ほれ」と傍らにいたビィビに小さな壺を渡した。
それを見たペルは「ありがとう。タルオさん」と、お礼を言った。
タルオと呼ばれたカロックの老婆は何も言わず、のしのしと歩きながら大きな水甕から水を汲み、湯釜に足した。
「ビィビ、表から水を汲んできな」
はいはいと、ビィビは水桶を持って表へ水を汲みに出て行った。
「よっこらしょ」
老婆はため息交じりに竈の前の小さな腰掛けに腰を下ろすと、粉々になった固形燃料の欠片を拾って竈の焚き口に投げた。
「ビィビは相変わらず割るのが下手だねぇ。固形燃料がもったいないったらありゃしない。いつになっても上達せんわ」
先ほどから、キッセがタルオのことを警戒するようにじっと睨み見ていたが、老齢なカロックはチラっと見ただけで、何も言わず、フンと鼻を鳴らした。
タルオは籠の中にあるレンガ程の固形燃料を手に取り、転がっていた木槌で固形燃料をパンと叩くと、綺麗に半分に割れた。
次々と手際よく固形燃料を割り、いくつか焚き口に放りこむと、懐から小さな小箱を取り出した。
飴色の小箱のふたを開け、中の巻煙草を口にくわえると、落ちていた焚きつけの小枝を竈の焚き口に突っ込んだ。
火を含ませた小枝を、巻煙草に点けプカプカとふかすと辺りに鼻を突く煙が漂った。
表から水を汲んできたビィビが、水甕に移しながら
「タルオさん、向こうで吸ってくれよ」
ビィビは顔をしかめたが、タルオはお構いなしに旨そうに煙草を喫んだ。
ペルはキッセの体を洗い終わると、用意していた細い棒に柔らかい布を巻きつけた。それを薄めた石鹸湯に浸し、キッセの耳の中を拭いた。
「やっぱり、ここにもムミがたくさんいるわ」
ムミの死骸や溜まった糞で、拭きとった布が真っ黒に汚れた。ペルは汚れがなくなるまで、丁寧に耳の中を拭ってくれた。
ペルが耳の中をグリグリするたびに、キッセはくすぐったくて、何度も頭を振った。
そのたびに「動かないで!」と、ペルに注意された。