弐ノ五
霖燈からの家路。横李の町を通りすぎる途中、ペルは古い山道の片隅で倒れているキッセと出くわした。
一緒にいたヴェルクの反対を押し切り、意識のないキッセを拾い、ここまで運んだ。
足の速くないトト馬で横李から、ここまでの道のりの六日間、キッセは一度も目を覚ますことはなかった。
かろうじて息をしていることが、生きている証拠だった。
今朝早くに帰宅したが、キッセの体のムミ〈血吸い虫〉があまりにも酷く、家の中に入れることができなかった。
連れて帰って来たのはよかったのだが、改めてキッセの状態をまじまじ見ると、すぐに死んでしまうのではないかと、ペルは半分諦めていた。
悩んだ挙句、とりあえず体を拭くために湯を沸かし、簡易的な寝台で寝かそうと準備している時だった。
スリクの騒ぎ声で外へ出てみると、キッセの意識が戻っていた。その姿を目にしたペルは心底驚き、同時に安堵した。
(あのまま、目を覚まさなかったらどうしようかと思ったわ……)
「だいぶ取れてきたわね」
キッセの体からムミが減ってくると、ペルはペースト状の石鹸を手に取って湯に浸した。
「これが石鹸よ。体に擦りつけてごらん」
ペルはキッセの手の平に石鹸をのせた。体は弱っているがキッセの目はしっかりしている。
キッセは言われた通り、腹のあたりに擦りつけた。ヌルヌルするヤポンを両手でさするとうっすら泡が立った。少し変わったニオイがする。
「目に入ると沁みるから、気を付けてよ」
ペルはきつく注意すると、柱にぶら下がっているブラシを手に取り、キッセの背中を優しく洗いはじめた。
柔らかい毛のブラシで、ブルブルをこそばゆい刺激が走ったが、とても気持がいい。
背中を洗い終わると、ペルは洗ってごらんと、キッセにブラシを渡した。けど、キッセは手に力が入らず、ブラシを落としてしまった。
「ヌルヌルして、滑るわね」
ペルはキッセが落としたブラシを拾うと、そのままキッセの体を丁寧に洗いはじめた。
キッセはただ黙って目をつむった。
「まったく……。ペル、あんたの物好きには呆れるよ」