弐ノ四
キッセはお湯で体を洗うのは、生まれて初めてだった。
始めのうちは温かい湯が皮膚病の肌に沁みたが、だんだん慣れてくると湯が心地よくなった。
キッセはペルに言われたとおりに、目をつむり大人しく盥の中に座っていたが、何度か湯を掛けられていると
「ひぃ! こりゃ酷いな!」
悲鳴のようなビィビの声が聞こえた。
(何が、そんなに酷いんだ?)
キッセはそっと目を開けると突然、目に刺激が走った。
「イタっ! 痛い!」
鋭い痛みで目を擦ろうとしたが、ペルは慌ててキッセの腕をつかみ、すぐさま水でキッセの目を洗い流した。
「だから、目を開けちゃダメだって言ったでしょ!」
ペルは少し赤くなったキッセの目をもう一度水で洗った。
ペルのおかげで痛みが薄れたが、目を少し開いただけで、こんなにも目が痛くなるなんてキッセは驚いた。
「キッセ、あなたムミ〈血吸い虫〉が酷過ぎるから、お湯を掛けるだけでは無理なの」
キッセは自分が座っている、盥の中の湯を見てぞっとした。
泥水の湯の中に、小さくて細かい真っ黒な血吸い虫が、盥の中にびっしりと浮いている。
「ムミはね、お湯では死なないのよ。だけど、石鹸で洗うと死んでしまうから、お湯で溶かした石鹸湯を体に掛けているのよ」
(ムミって、この血吸い虫のことか……)
キッセは、体が汚いから外で寝かされていて、今、体を洗われていると思っていたが、汚れ以外に自分の体にこんなにも大量のムミが住み着いていたなんて思いもしなかった。
キッセは泥水ムミまみれ湯を片手で掬った。
(さっきまでいた、あの女の子が、チビを連れてこの場を離れるわけだ……)
「この虫は熱に弱くて、石鹸で洗うと死んでしまうの」
ペルはキッセを支えながら、盥の外へ立ち上がらせると、ビィビは手際よく汚れた盥の湯を流した。
汚れた湯と一緒に大量のムミ〈血吸い虫〉の死骸が、排水溝の溝を通って、木の塀の下を通り抜け表へと次々と流れていく。
(――思っていた以上に、酷いわ)
流石にペルも、ここまでムミだらけのガロを見るのは初めてだった。
キッセの薄い体毛が湯で濡れると、痩せ細った体が露わになった。
ペルは目をそむけたくなった。
キッセの体の半分近くは酷い皮膚病だ。殴られた痕なのか、胸に丸い痣が見える。
(本当によく、今まで生きていたわね……)
ここまで痩せ細り、ひどい栄養失調の状態で、これほどの大量のムミ〈血吸い虫〉に血を吸われていたら、普通に死んでいてもおかしくない。――なのに、この子は生きている。