弐ノ章 ムミ
――セ…… キッセ……。
またか…… 何故、呼ぶんだ? 誰にも、名など呼ばれたことは無いのに……。
どうして、私は、この世に生まれたんだろう?
薄っすら目を開けると、眩しい光が差し込み、キッセは思わず顔をしかめた。
眼の中はチカチカし、頭の奥底にずっしりと大きな石が乗っかっているようだ。体は鉛のように重く、うまく手足が動かせない。
(こ……ここは、どこ…だ…?)
朦朧とした意識の中で、目が覚めたキッセはゆっくりと頭を動かし、霞む目で辺りをできる限り見渡した。
屋外にいた。それも見たことない場所だ。
広くなく庭のような所で、周囲は木の塀で囲まれいた。
その一角でキッセは、縁台の上に寝かされていた。
真上には、ひょろりと背の高い木が一本、小さな日差しを浴びて立っていた。長細く垂れ下がる葉っぱが、風に吹かれ揺れている。
まどろみの中で、ザワヮァと聞こえていたのがこれかと、キッセは思った。
柔らかい木漏れ日の中なのに蒸し暑く、キッセの弱った体を撫でる風は、ジメっと生ぬるい。
徐々に、意識がはっきりし始めた途端、猛烈に喉が渇いた。キッセの鼻先はカサカサに渇ききって、口の中は一滴の唾液さえ出なかった。
(み、みず…… 水が、のみたい……)
体は水分を欲しているのに、近くに水がない。
少し離れた所に、井戸らしきものが見えたが、今のキッセの体では、そこまでの道のりがもの凄く遠くに感じた。
「あっ! うごいた……」
近くで、幼子の声が聞こえた。
キッセはかろうじて動く目の球を、ギョロりと声の方へ向けてた。
少し離れた所でキッセと同じ、猫に似た幼いガロの幼子が、驚いたように目を丸くしてこっちを見ていた。
しばらくじっーと、その場でキッセを見ていた男の子は、キッセと目が合うと
「ペル! ペルきてぇ――― ! ペル!」と、大声をあげた。
細長いしっぽをピンと立て、甲高い大きな声で騒いでいると、奥に見える石造りの家から成獣のガロと、キッセと同じ年ぐらいの少女のガロが慌てて出てきた。
「スリク! うるさいわよ!」
怒るガロの少女の隣で「やだ……」驚いて声にならなかったのは、ウサギに似た成獣のガロだった。
キッセより一回り大きく、麦色の体毛に明るい布を頭部に巻きつけいた。そこから片方だけ長い耳がピンと飛び出ている。
キッセはどうにかして起き上ろうとしたが、こわばった手脚にうまく力が入らない。
成獣のガロは、ハッと我に返ると、慌ててキッセのもとへと駆け寄った。
「ルーシ、水! お水を汲んできて!」
可愛らしいウサギに似た、赤茶色の体毛のガロ少女に言うと、成獣のガロはキッセの隣に座り、うまく起き上がれないキッセの上半身を、ゆっくりと起こした。
「私はペル。――あなたの名は?」
口の中が乾いてうまく言葉がでない。それでも擦れた声で「……キッ……セ」と辛うじて言えた。
それを聞いたペルは目に涙を潤ませ、キッセの頭を撫でた。