序章
先程まで薄い雲に隠れていた、闇夜が現れた。
その中を銀砂の星彩が、谷の中腹にある彩霞離宮の月見殿にて佇む靑の宮をつつむ。
小さな光虫の淡い夜光が、日に焼けたことのない靑の宮の白磁の肌を、燈しては消えていく。
丁寧に結われた黒々とつややかな髪の中から、綺麗な三角形に整った小さい耳がピンと覗いて見える。
母から受け継いだ美しく整った顔と、右目の下の小さな二つホクロ。
青年だが時折みせる表情の中に、まだ少年の面影が感じられた。
伏せっていた長い睫が闇夜の天を仰いだ。
ぬれた瞳がとらえたのは雲一つない、漆黒に浮かぶ鋭い刃物ような繊月に、そっと寄り添う蒼い扇星だった。一昼夜かけて、遅遅と月の周りを回る不思議な青星。
闇夜の中、生まれてこの方、労働と言うものに触れたこともない、細っそりとした指で遠き青星をなでた。
幾度となく無情に過ぎ去る光陰に、靑の宮は曠然と焦りを感じていた。
形の良い薄い唇がそっと開く。
「蒼光天高く昇り 扇星となりて 月魄の懐に身を潜めたり 選間の時にて 静寂に待ちわたる……」
月夜の蒼い晶光をその眼に
「習周よ、いつなのじゃ……。いつ、神使の御使いは現れるのじゃ……」
悲愴と共に、その時をただ待つのみだった。