第8話 龍俊は風呂が好きだった。
龍俊は言った。
「拙者が聞きたいのは、お湯をためる風呂のことっす」
「あぁ。そういうお風呂は、王族くらいしか使えないわ。わたくしも入ったことはないですもの」
「なんで入らないっすか?」
「水を運ぶのが大変なのよ。このへんは、井戸を掘っても水は殆どでないし。それに大量の水を沸かすのも大変だわ」
龍俊は顎に指を当てた。
「ふむ。拙者、風呂は大好きでござるがな。それでエルンたんも臭いっすね……」
エルンは激昂した。
「あんた、本当に失礼な人ねっ。お父さまに言いつけてやるんだからっ」
龍俊は三等兵のようにビシッと手をあげた。
「いいつけるなら、ついでに風呂の話もして欲しいです」
エルンは猫ミミをつけたまま、泣きながら出て行った。
メルファスはため息混じりにいった。
「あんた。また拷問されるわよ?」
龍俊はメガネをあげた。
「拷問されても、どうせスキルで治るから良いっす。それよりも、薬で病を治しても不潔だったら、またなるだけっす。みんなで風呂に入ってスッキリするっす。うひょっ。覗き穴も標準装備で作るっす!!」
しばらくすると、侍従が呼びにきた。
応接室に通されると、既にシオン侯爵は大きな椅子に腰掛けていた。
「エルンから聞いたぞ。風呂を作りたいそうだな」
「そうっす!! みんなで入れる大きいのが良いっす!!」
シオン侯爵は顎鬚に触れると、目を細めた。
「まず、水の問題。それが大丈夫だったとしても、湯の問題。大量の湯を沸かすには、莫大な費用がかかる。浴槽を持つのが王族だけなことには、相当の理由があるのだ」
「魔法でちょちょっといかないっすか?」
「いかぬな。魔法は類い稀なる神からの贈り物。おぬしは知らぬかも知れぬが、この国の魔法士は少ないのだ。そんな資質をもった者を湯沸かしに稼働するのは現実的ではない……」
龍俊はメルファスに耳打ちした。
「メルたん。拙者スキル選択の時に、第七階梯スキル:爆炎の賢者 というのを見た気がするのでござるが……」
メルファスは小声で返す。
「そうね。爆炎の賢者は、最終的には炎属性の全魔法を習得することができるわ。それも、人間の限界を超えた第七階梯魔術すらね……」
「そ、そんなの今更言われてもこまるっす……」
メルファスは、腰に手を当て眉を吊り上げた。
「説明しようとしたのに、あんたが聞く耳持たなかったんじゃない!!」
「ちなみに、拙者のとった超嗅覚はどうすっか?」
「しらないわよ。わたしが転生課に配属されて15年以上経つけど、そんなクソスキルとった人いないもの。ちょっとは普通の人より鼻がいいんじゃない? たぶん犬くらい(プププッ)」
「そんな格の違うスキルを一緒に陳列しないでほしいっす!! とんだぼったくり女神商店っす!!」
「はぁ? あんたが勝手に選んだんじゃない!!」
龍俊はニヤリとした。
「ところで、……メルたん何歳っすか? 15年前には既に大人だったっすか? 若作りにも程があるっす。拙者より年上なのでは……。世界最強の結婚詐欺師になれるっすよ」
メルファスは自分の血圧が爆上がりするのを感じた。
「あんた。本気でありえない!! このクソデブ。ほんと100回くらい死んで」
「ひょほほほほ。高齢なんだから、高血圧には注意するっす!! あっ、血圧計は持ってるっすか?」
龍俊はとても嬉しそうだ。
「ごほん……。戯れのところすまぬが話を進めていいか?」
シオン侯爵は咳払いをした。
「すまんでござる。ふむ。コスト的に薪で炊くのも厳しいのでござろうな。では、温泉はどうでござるか? 温泉ならお湯なんて捨てるほど出てくるでござる」
「温泉は、ここアルザーノ地方では聞いたことがない。火山がないからな」
「火山がないから出ないとは限らないでござる。しばし、拙者に鍛冶屋を貸していただけぬか。とある道具を作って欲しいでござる」
「わかった。しかし、温泉は火山がある地域でのみ出るのは常識。それだけ大言を吐いたのだから、結果が出ぬときは、……分かっているだろうな?」
「ひゃっほー。わかってるっす!! 拙者、絶対に温泉に入りたいから頑張るっす!!」