第六話
「竜退治」より5日後。
ダリオンが要請した領主の軍隊や各地で手配した人足が集まり始め、いよいよ「マグ=ケノス」の死骸の片付けが始まった。
シークズ城壁前のあちこちに休憩や保管や諸々を行う為の天幕が設営され、肉や骨を切り出す大鋸や運び出すための荷車も並べられつつある。
広場には威勢の良い兵士たちと、手に手に道具を持った人足たちが集まり、作業の工程を確認しあい、まさに今から解体を始めようとしていた。
ダリオンとクレイヴァンはあの晩にも立っていた市壁の上にいた。
そこはこの作業を見下ろし、監督をするに便利な場所であった。
魔道士はそこに悠然と立ち、満足げに腕を組んでいた。
「見たかクレイヴァン!僕のこの綿密で、そして巨大な采配を!」
得意満面の笑みを浮かべながらダリオンはクレイヴァンに声をかける。
「……」
騎士は、魔道士と同じく腕を組んみながらも押し黙っている。
「そう拗ねる事はないぞクレイヴァン・ノルデン!これは適材適所というやつだ。確かに君の活躍無くしてこの勝利はあり得なかった。だが、全てを統括し、調整し、動かしたのはやはり僕だ!」
「…」
「これで勝負は決した!今までの諍いは全て水に流そう!これからは僕が君の輝く万全の舞台を整えてやる!」
魔道士はこの「レース」における勝利を確信し、そう宣言した。
「…」
しかし騎士は何も語らない。
魔道士としてもまさか相棒が平伏するとまでは思っていなかったが、いつものような応酬すらないとなると何処か居心地の悪い気がした。
「…お、おいクレイヴァン、何か言えよ。これじゃあ僕が…」
「…っくっくっく」
それまで一言も発さなかった騎士の口から古典的な含み笑いが漏れた。
「…な、なんだ、その笑いは。」
魔道士は不安げに眉をひそめた。
騎士は口元を覆うように手を当てながら、その場にしゃがみ込むようにして笑いを堪えた。
だが、すぐに顔を上げ、その蒼い瞳をまっすぐにダリオンに向けた。
「勝負は決した、だって?」
彼女の声には、明らかな挑発の響きがあった。
「そうだとも!」
ダリオンは胸を張る。
「まさか、本当にそう思っているわけじゃないだろうな?」
クレイヴァンは立ち上がり、壁際に歩み寄ると、ゆっくりと城壁の外、その地平の辺りを指差した。
「あれを見るがいいダリオン・ユーゴ!この「竜退治」の最後を飾るは、やはり私よ!」
ダリオンが戸惑いを浮かべながらその指差す先を見た瞬間、低く響く聖歌の調べが風に乗って届いてきた。
「これは…!」
地平の向こうから、白い法衣をまとった神官団が整然と進み入る姿が見えた。彼らは手に聖具や儀式道具を携え、司教の旗を掲げてゆるやかにシークズへと足を進めている。その後方には、彼らを護衛するように騎士たちが続いていた。
「「マグ=ケノス」の魂を送り出す為の葬列だよ!」
「お前まさか竜葬の列なんて時代錯誤な事をやらせたのか?!しかも司教閣下に?!」
「おうともさ!」
クレイヴァンは胸を張り、どこか誇らしげに笑みを浮かべた。
「竜退治に名を刻む者として、そして騎士として、敵であろうとも、いや敵であるからこそこの程度の敬意は示さなければな!」
「敬意だと?!「マグ=ケノス」は竜とはいえ図体のデカいワイバーンに毛が生えた程度のものだろう!後、何が騎士だ!普段はそんな誉は速攻で投げ捨ててやりたい放題のくせに!」
ダリオンは目を剥き、城壁の上で声を張り上げた。
「化け物だろうとなんだろうと、「マグ=ケノス」が竜に分類されてる事は間違いない!私たちにはその死を「正しく」処理する責務があるし、そうするべきだ!後、お前がなんと思おうとも私が近衛騎士の師団長である限り騎士である事は陛下が認める事実だもんね!!」
クレイヴァンも興奮の度合いを上げながら言い放ち、再び葬列を指差した。
神官団は門前へと到達した。そして周囲に集まる作業員たちを圧倒するような威厳を放ちながら、その場を支配していく。彼らを先導する司教が高らかに声を上げると、聖歌がさらに力強く響き渡り、群衆の喧騒が静まり返った。
「ちっ、演出過剰だろうが…!」
ダリオンは小声で毒づいたが、それを聞き逃すクレイヴァンではなかった。
「おや、どうした?お前の「采配」とやらが霞んで見えるか?」
蒼い髪をなびかせながら、クレイヴァンが挑発的に笑う。
「霞むだと?!ふざけるな、こんな儀式じみたもの、実際の作業効率には何の役にも立たない!」
ダリオンは反論しながらも、どこか焦りの色が見え隠れする。その視線は葬列に釘付けだった。
「役に立つかどうか。それは見ていれば分かるだろうさ!」
クレイヴァンは肩をすくめると、指揮棒を振るうような仕草で神官団に視線を向けた。
すると、司教が神官たちに指示を出し始める。彼らは手分けして、作業場の各所に聖水を撒き、呪文を唱え始めた。聖具を掲げながら歩き回るたびに、作業員たちは自然と頭を垂れ、竜の死骸に対する畏敬の念が高まっていく。
「おい、ちょっと待て!作業員たちが動きを止めているじゃないか!」
ダリオンが慌てて叫ぶが、クレイヴァンは動じない。
「心配するな。彼らは儀式に参加することで士気を高める。これが終われば、作業は以前よりスムーズに進むだろう。」
「……お前、やはり僕の成果を横から掻っ攫うつもりだろ!」
ダリオンはクレイヴァンを指差して詰め寄るが、クレイヴァンは涼しい顔で応じるだけだった。
「またもや人聞きの事を言ってくれるなダリオン!私は君の成果に少し上乗せをしてやっただけだ!」
作業場では聖歌が最高潮に達し、儀式が終わりを迎えようとしていた。その瞬間、作業員たちが一斉に歓声を上げ、再び作業に取り掛かり始める。その動きは先ほどよりも格段に統率が取れており、作業の進みが目に見えて早くなっていた。
バラバラに集められ、バラバラにまとまっていた作業員達は一つの儀式を経て、「竜の葬儀」を共に取り行う意識を植え付けられたのだった。
「勝負が決まるとはこういう事を言うのだダリオン・ユーゴ!これからも私がお前の前に新しい道を切り開き、そこに導き続けてやろうじゃないか!」
今度は騎士が勝ち誇る番であった。
「…昔からそうだ」
「なんだ?」
魔道士がポツリと漏らし、騎士が答える。
「昔っからお前と言うやつはせっかく僕が綺麗にした部屋を全部ぐっちゃぐちゃにひっくり返しやがって!」
そう言うとまさかの素手で魔道士は騎士に殴りかかった。
無論、騎士もやすやすと殴られるわけにもいかず、両の手で相手の腕を掴みとっくみあう体勢になる。
「うわっ、いきなり本性を表すな馬鹿!それを言うならお前だっていつも私が行く先行く先で全部あらかじめ予定を立てるのをやめろ!つまんないんだよ!」
そして、英雄二人による子供の子供な喧嘩が始まってしまった。
尚、その眼下でシークズの街は着実に「竜退治」の後始末を進めていくのだった。