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第五話

 司教館でイェヌス司教が「悪霊」の出現に泡吹いて狼狽していた時より少し後、大聖堂の敷地から離れつつある闇の塊があった。

 月の明かりの下であれば、逆にもっと目立ったかもしれないその漆黒の闇はスルスルと壁を越え、ヒョイと柵を乗り越え、敷地外れの茂みにまでサッとたどり着いた。

 そこで彼女は自己にかけていた『隠形』と『熱視』の呪文を解除した。

 闇に包まれていたその正体が顕になる。

 動きやすい黒の革鎧に着替え、黒い頭巾で頭を覆い、何やら大きな荷物を包んだ皮袋を背負う女の姿がそこにあった。

 いざという時に証拠を残すことが無いよう、髪の毛の落下を防ぐ為に被せられていた頭巾を取るとそこには蒼の髪があった。

 クレイヴァン・ノルデンである。


「…流石に少し脅かし過ぎたか…」


 いっそ哀れに思うほどに慌てふためいていた男の姿を思い出し、彼女はそう一人ごちた。

 しかしこの「仕込み」によって、明日はきっと「快く」こちらの申し出を受け入れてくれる事だろう。

 そう確信しつつ、彼女は皮袋の中を覗き込む。

 そこには軍の指揮や統制にも用いる銅鑼と太鼓。

 そして、「マグ=ケノス」の切り落とされた首があった。

 そう、これこそが先の「悪霊」の正体である。


 クレイヴァンは、司教との会談の後、即座にシークズへと帰還した。そして今はまだその城壁の前に放置される竜の体から首を切り取り、市の衛兵待機所から二つの楽器を借り受けてまた大聖堂へと走った。

 聖堂に着いたのがおおよそ夜半ぐらいの頃であろうか。

 そこから一刻ほどの時間をかけ『熱視』の術も用いて大聖堂の警備を観察し、その状況を把握すると、彼女は「芝居」の準備に取り掛かった。

 大聖堂も司教館も重要な場所として守られているのだが、基本的に平穏なこの国においては、一番外側の警備さえ抜けてしまえば、後は彼女にはどうとでもなる物だった。まして今日は新月である。

 敷地の外に馬を隠して、鎧を着替え、『隠形』の術を使い闇を纏う、そして背に竜の頭という大荷物を背負い込み、柵越え壁越え屋根を登り窓をつたった。

 そして難なく三階の司教の寝室のバルコニーへとたどり着いたのである。

 ここで司教が窓を閉めていれば多少手間が掛かったのだが、それは開け放たれてしまっていた。

 その後は先の通りである。

 銅鑼と太鼓で彼を叩き起こし、呪文の範囲から竜の首だけを突き出して、言うべきことだけ言い放ってさっさと退散した。


 これで仕込みは完了である。

 後は明日の再度の請願に備え、クレイヴァンは1日ぶりに体を休めることにした。野宿だが。


 マントを大地に敷き、そこに体を横たえると彼女の体にどっと疲労が押し寄せてきた。

 当然である、昨晩の竜退治で大立ち回りしてから、ほぼ休みなくツヴァンキ領を縦横無尽に馬で駆け回っていたのだから、さしもの近衛騎士クレイヴァンであっても体は限界に近づきつつあった。

 体と気を緩めると、彼女は急速に眠気に包まれた。

 そして眠りに落ちる寸前、「竜」として放ってしまったあの言葉の事について思い出した。


「…しかし、つい口を滑らせてしまったが、まあ気付かれた様子はないし、せめてもの罪滅ぼしという事にしておくか…」


「請求は騎士団にも回せ」

 悪霊らしからぬこのセリフは、立場も身分もある大の大人が、あそこまで必死に、そして無惨に怯え震える事ができるのかと、流石に彼女も良心が疼いた事から漏れ出た物であった。

 実際に回ってきた時の都合のいい言い訳の用意や手続きにかかる事務作業の事は一旦忘れる事にして、今はただあの生意気な魔道士との対決だけを考えて、彼女の意識は眠りに落ちた。


 翌朝、騎士は再度大聖堂を訪れ、司教に儀式の実施を請願した。

 やはり今度は、快く全力で受諾をしてくれたという話である。


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