第二話
竜が斃れ伏したその翌朝。
ツヴァンキ領主の城の門前に二人の人影、馬上の女騎士と、それを出迎える魔道士のローブを着た男の姿があった。
言うまでもなく、クレイヴァンとダリオンである。
「思ったよりは早く着いたなクレイヴァン・ノルデン!お疲れ様とは言ってやろう!」
「お前…!『転移』はズルだろう『転移』は…!」
「昨日まで散々利用してからそれを言うなよ。結構疲れるんだぞこれ」
喜色満面に相手を煽り倒す魔道士に対し、女騎士は手綱を食い千切る勢いで歯噛みして答えた。
昨晩、シークズ市長の提案により「竜退治の後始末」レースが突如開幕した。
当たり前だが、この手の大仕事において一番重要となるのは頭数である。
そこで騎士は市長に馬を借り、シークズ市を含む辺り一帯を支配するツヴァンキ領の領主の下に夜を徹して赴く事にした。
無論、できるならば王都まで赴き、自己の権限やコネを利用して騎士団を動かす手もある。
しかし、ダリオンと対立する以上、クレイヴァンは『転移』や『念話』に頼る事ができない。シークズから王都まで休み無しで馬を乗り換え駆け続けても片道5日はかかってしまう。
そこからさらにかかる時間を考えれば、その間にダリオンが全て終わらせてしまいかねなかった。
その為、一番近隣の権力者に助力をさせに来たのだが、同じ事は彼も考えていたらしい。
むしろ、ダリオンはクレイヴァンに先んじてツヴァンキを抑え、自己の得点と相手への抑制を同時に行う事まで狙っていたのだろう。
「領主様は快く兵を出してくださるそうだ。君もお願いしに行けばいい。「連名」でその名を刻むぐらいはしてやろう」
「ええい、わざわざ強調するな強調を」
「では僕はシークズに先に戻らせてもらうよ。死骸の解体と運び出し、処理の手筈を整えないといけないからねぇ!人手は多くて困ることはない。君も街や農村を巡って人足を集めてくれればありがたく思うよ。じゃあな!」
と勝ち誇りながら彼は『転移』した。
後に残されたのがクレイヴァンである。馬もいるが。
とりあえずそのまま帰るのは単純に失礼なので、領主に謁見し後始末の協力をお願いした。
だが、これではあくまでダリオンが手配した物のおこぼれを預かるだけでしかない。
そして、彼の言うままに周辺の街を巡っても思うほど人を集められる保証はなかった。というか手持ちの金が致命的に足りない。
騎士は完全に出遅れてしまった。
何かないかと考えを巡らしたその時、彼女の脳内に一つの伝承が思い起こされた。
それは、死後も大地に留まる竜の魂は、鎮められねば大地に毒を吐き続けるというものである。
尤も、実際にそのような呪いがあるのか疑問視する声も王都の学者たちの中には存在する。
だが、迷信だとしても、ダリオンに対抗するためには使えるものは何でも使う。取り決めとして存在する以上、これを利用しない手はなかった。
ダリオンが竜の死骸の「物理的」な処理を行うなら、クレイヴァンは「別」の方向性で行われる処置について思い至ったのである。
騎士は再度馬を走らせた。
向かう先はこの領主館から数時間の所にある、「第一の神ヤーヌス」を奉じるこの辺り一番の大聖堂である。