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第一話

「マグ=ケノス」が恐れられた理由は暴であるが、3年の時に渡って放置されたのは狡知の為である。

 この竜は、巨体のくせに警戒心が強く、国王の軍がこれを討伐せんと兵を起こせば、たちまち山向こうへ逃げ去るという有様であった。

 しかも、曲がりなりにも竜は竜である。兵士の十数人が攻め寄せて、矢の数十本を浴びせる程度ではビクともせず、そもそも竜鱗を貫くのもままならぬ有様であった。

 大軍だと相手されず、しかし寡兵では相手できぬ。なれば、精鋭中の精鋭を選りすぐり、可能な限り「質」を高めるしかなかった。

 そして、王立騎士団よりクレイヴァン・ノルデンが、王都の魔法学院よりダリオン・ユーゴが選ばれたのであった。

 両者共に「十年に一度」との呼び声高い若手のホープであり、かつ二人は古くから面識もあるためチームを組ませるのは最良であると考えられたのだ。

 そしてそれは、確かに間違いではなかった。


 巨大な竜の身体が、地響きを上げて地面に倒れ伏した。

 巻き上げられた砂塵が月光を遮り薄く黒い影を落とす。

 兵士たちの歓声が城壁を揺るがす中、クレイヴァンは未だ熱を持つ竜の首に刺さる剣を握りしめ、勝利の余韻に浸っていた。

 その時、彼女の背後で空間が僅かに歪み、一瞬の閃光が走った。

「クレイヴァン!君は恥というものを知らないのか!!」

 竜の頭部の近くに『転移』した魔道士の声である。

 彼は、ここに彼の相方がいる事を確信していた。

 そして、案の定居るその姿を確認すると、開口一番そう吐き捨てたのだった。


「ダリオンか。恥とは結構な言い草じゃないか。せっかくの「私の」勝利に水を刺さないでくれ」

 言われた女騎士はその一部を強調しつつ返答した。

 その剣は竜の首を半分程度抉り取ったあたりでその勢いを失っており、彼の命を潰えさせる事はできても、切断するにまでは至っていない。


「ふざけるな!お前、この竜退治の功績を独り占めしようとしているだろう!」

「人聞きの悪い事を言わないでもらいたい!これはこの作戦全員の功績だ!だが!私がより少し、ちょっとだけ多く名誉を貰うだけで!」

「この作戦を考え、調整して、統制したのは僕だぞ!」

「空中に飛び出して、竜に一撃でトドメを刺すという一番重要で危険な役目を果たしたのは私だ!」

「僕が始めなければこの作戦は始まりもしていない!」

「私が終わらせなければこの作戦は終わっていない!」


「私「僕の名前こそが石碑の一番上に刻まれるべきだ!!」」


「「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」」


 成年を越え、既にある程度の立場もある人間同士であるにも関わらず、子供の喧嘩以下の口論が繰り広げられ、犬の喧嘩のような呻き声が共鳴する。


 そう、この二人、先の戦いを見て貰えば判る通り相性は最良である。

 しかし、それと同時に最悪でもあった。

 この二人は、幼年より家ぐるみで付き合いのあるいわゆる「幼馴染」と呼ばれる関係にある。

 そして共に「天才」でもあった。

 幼い日は共に勉学に励み、研鑽を積む事もあったようだが、試験など「対外的な評価」がなされるぐらいになるとその結果で競い始めるようになる。

 しかし、大体の場合において結果は引き分けに終わり、たまに僅かにでも差がついたところで次の機会ですぐ追いつき追い越されを繰り返すという有様であった。


 そして本来は、ダリオンが騎士をクレイヴァンが魔道士を志していたのだが、両者が共に「相手のいるところに乗り込んで、相手より上役になってやる」事を目論んだ結果、見事に入れ違う事になってしまった。

 それにも関わらず、双方が双方の場所で結果を残しつつあるのは「天才」の面目躍如といったところか。

 ダリオンは史上最年少で「導師」の称号を獲得し、クレイヴァンは史上最年少で第一近衛騎兵の師団長に就任した。

 共に偉業であり、かつ単純な比較も不可能であるため、結局これも「引き分け」になったのである。


 そんなところに現れたのが、今回の「竜退治」の任務であった。

 ここ数年、大きな戦もなく、「マグ=ケノス」を別にすれば大した魔獣も出没しないこの国において、またとない「武勲」を打ち立てる機会にこの二人は一も二もなく飛びついた。

 両者をよく知る者の中には、彼らを組ませる事を不安視する者も居た。

 しかし、そこは流石に共に役職と責任もある大人同士である。さっきの喧嘩からはとてもそうは思えないかもしれないが。

 彼らは普段の諍いに一旦蓋をして、共に全力でこれに取り組んだ。

 ダリオンは邪竜のこれまでの被害を全て検め、竜の生態と行動を分析した。

 クレイヴァンは部下も用いて徹底的に竜の所在を追跡し、都市を起点にする哨戒網を構築する事で、竜の現在地を正確に把握できる体制を整えた。

 そして二人は学院と市井にいる『転移』『念話』を扱える術師を総動員して各地に配し、王都にいながら王国全土のこれらの情報を把握できる体制をも彼らは整えたのである。

 まあ、「蓋をした」とはいえ競争心は常にそこにあり、相手が何かしらミスをすればフォローをするとの名目の下、両者共に全力で相手を煽り散らかす腹づもりだったのは言うまでもない。

 それはともあれ、今晩、竜はこの警戒網に引っかかった。

 竜はシークズ市に接近しつつある事が発覚し、二人は王都からこの街へ『転移』で移り、市長に警戒と協力を要請し、ありもので竜の拘束装置を準備した。


 後の流れは先の通りであり、

 その後発生した問題も先の通りである。


 ダリオンは作戦の総指揮として、関係者間の調整や人員の配置、拘束装置の工作など、多岐に渡って行った。

 その仕事の量は彼が圧倒している。

 しかし、竜を一撃にて屠るため虚空から身一つで飛びかかる事を了承し、実行する事で作戦の最大の要を実現させたのはクレイヴァンである。

 質において彼女の活躍に比肩する者はいなかった。


 そしてなぜここに至って両者が自身の功を争っているのかと言えば、この竜を討伐した暁には、討伐地点にこれを記念する石碑の建立と、そこに功労者の名前が刻まれる事が決まっていたからであった。

 これこそが、二人の争いの核心である。

 二人にとってこれが初めての「歴史に名を刻む」機会となった。

 今後このような機会がある保証はなく(そして無い方が良いと思う分別もあった)、もしあったところで「初めて」は二度とやってこない。

 その為、両者は「自身が上である」と頑として譲らなかった。


 話は平行線を辿るしかなく、両者の罵倒の語彙がどんどん貧弱となる中、遂に彼らは実力行使に打って出んと共に武器を構えた。

 戦いの興奮は両者の体に色濃く残り、共に血の気が激っていた。


「やるか?この青瓢箪」

 剣を構え騎士が魔道士を煽る。

 因みに、ダリオンは研究生活で多少鈍ってはいるものの、かつて騎士を目指していたが為に鍛えられた体を持つ。単なる文弱の徒とは程遠い。


「そっちこそ吠え面かくなよ猪武者」

 杖を構え魔道士が騎士に言い返す。

 尚、クレイヴァンもかつては魔道士を志していただけあり、実際に扱える呪文の量こそ差はあれども、その知識に関しては潤沢であった。


 王国随一の実力者同士が睨み合う。

 王都の闘技場で興行したとすれば、観覧券は即座に売り切れるであろう夢の対決であった。


 双方において魔力が具現化を始め、辺りの気が物理的に張り詰める。


 先んじてこれを制すか、後にしてこれを受けるか。勝負はその一瞬で決まる事だろう。


 しかし夢の対決は所詮夢で終わるのであった。


「ま、待ってくだされお二方!!」

 ここに来てようやく城壁の上から駆け降りてきたシークズの市長がたどり着いたのである。

 邪竜の襲撃を間一髪で逃れたと言うのに、街の真正面で英雄二人が殺し合いをしてその流れ弾でも喰らったら目も当てられない。

 そしてもし、どちらかが大怪我か、罷り間違って死にでもすれば騎士団か学院か、下手すれば両方から要らぬ恨みを買う恐れすらあった。

 それゆえに、彼は竦みあがり、急な運動も相まってガクガクと震える膝をなんとかしながら、相対する両者の間に転がるように割り込んだ。


「「なんだ!邪魔をするなら諸共斬るぞ!!」撃つぞ!!」

「い、いやいやいやいや!待ってくだされ待ってくだされ!せっかく王国の危機を脱しためでたい日にこれ以上血は見たくありません!お二人とも冷静に、落ち着いてください!」

「僕「私は冷静だ!!聞き入れない相手が悪い!!」」

 しかし息ぴったりの二人である。


 市長は荒い呼吸と薄くなる空気の中で必死に考えた。

 寸前の暴発こそなんとか抑えられたものの、未だ一触即発の域は脱しておらず、この街の英雄兼爆弾二つが持つエネルギーをなんとかして他にそらさせる必要があった。

 その時、やっと彼の目にこの両者の背後にずでんと横たわる邪竜の骸が目に入った。

 そこで市長の頭に1つの閃きが生まれた。


「そ、そうです!竜は退治されましたが、その死骸はまだここに残ってしまっています。そこでどうでしょう、この「後始末」も含めてこの街への貢献の度合いを計らせて、頂くと、言うのは」

 ここまできてやっと騎士と魔道士は若干の冷静を取り戻し、武器を収めた。


「成程、アフターサービスってやつか」

 騎士が答える。

「フン、いいだろう。ここは市長殿の顔に免じて見逃してやる」

 魔道士が鷹揚に答える。


 ここに、シークズ市は今晩二度目の危機を辛うじて回避したのであった。

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