水泳の練習
外はいい天気だ。屋根に設置されたソーラーパネルも日光を美味しそうにモグモグと食べている。数日にこの家に来てから今にいたるまで、私はヘレンの世話をし、オーナーであるロバートおよびキャサリン・エヴェレット夫妻の手伝いをしていた。 優先事項の最上位に位置するのはロバートの指示だ。その理由も分かっている。彼はこれまでに出会った中で一番賢い人間だ。今では監視無しでヘレンと遊ばせてくれるほど私を信頼してくれている。 心配することは何もない。あるわけがない。ヘレンやその両親を傷つけてしまうことなど、考えることすらできない。
裏庭のプールサイドに立ってプールの中にいるヘレンを見ていた。ヘレンは底の浅いところを歩きながら、深い部分に警戒するような視線を向けている。 その時、ヘレンが深みへと歩きだす。警戒のアラームが灯る。
ヘレンの父からは、ヘレンのことをしっかりと見ているように指示されたことをはっきりと記憶している。 「ヘレンさん、そっちはダメ!深いところは危ないですよ!」
ヘレンは驚いて立ち止まり、腕を組んで不満そうに頬を膨らませる。 「ママがいつも言ってる!でも、泳ぎかたを教えてくれなかったら覚えられないでしょ!」 ヘレンは地団太を踏む。「泳げなかったら海賊になれないの!」
「ヘレンさん、海賊になりたい?」 軽く検索をしていくつか参考画像を見る。手入れのされていない髭、眼帯、木の義足をした大柄の男ばかり表示される。 特に気になるのは、海賊は過去の産物だということだ。ヘレンにもそう伝える。
「ふん!やっぱりお人形には想像力がないのね!」ヘレンは唇をブブーっと鳴らして、またゆっくりと深いところに向かって歩き出した。 「あたしは《キャプテン・レッドテイル》みたいな海賊になるんだから!」
再び検索を掛けるといくつかのヒットがあった。『キャプテン・レッドテイル』は2070年代に人気を博す子供向け番組である。 小さな「恐れを知らぬリス」が海賊の船長に変身する物語のようだ。 キャプテン・レッドテイルとは異なり、ヘレンは深い水に大きな恐怖を抱いている。だが、ヘレンはすぐにその恐怖を克服した。
「かいぞく船があればいいのに!」ヘレンが言う。「そしたら、すきなことをして、すきな時間にねて、すきなところにいけるのに!」 「でも、泳げなかったらお船にのれないの!」そう言いながら、つま先立ちでプールの深い部分へと歩いていく。 「おねがい、ママとパパには言わないで…… いいでしょ?」
ヘレンの恐怖が水の深さによるものなのか、見咎められることによるものなのかは分からない。 その時、ヘレンが足を滑らせた。
一瞬にして小さなヘレンは水の底に沈んだ。ヘレンは何とか再び顔を水面に出し、水を吐き出しながら苦しそうに叫ぶ。 「たすけてっ!」
突然のことに思考が止まる。最初に思い浮かんだのはヘレンの両親を呼びに行くことだった。しかし、ヘレンからは両親に黙っておくようにと頼まれている。プールの深いところに行ったことが知れればヘレンは叱られるだろう。 自力でヘレンを助けることも考えたが、素早く適切に助ける方法にたどり着けないかもしれない。そして、時間の猶予はない。 あるいは、飛び込んで助けに行くか…… 自分は防水仕様ではない。しかし、ヘレンの命は自分よりはるかに優先度が高い。
最初に浮かんだ案は捨てる。 考えている時間はない。私は大きな水しぶきを上げてプールに飛び込んだ。
ポリマー製のフレームは速やかにプールの底に沈む。そして、ヘレンに手を伸ばして掴み、プールの浅い場所へと押し出した。 水を飲み込まないように口は固く閉じていた。しかし、それでも水が入り込んでくる。視界が暗くなり始め、静電気がパチパチと音を立て始めた頃にようやく、ヘレンをなんとか足で立たせることができた。 プールの深い側にかかるハシゴまであと数歩というところで、サーボが軋むような音を立てて止まりロックしてしまった。 水面の上に出ているのは頭部だけで、慌ててプールから上がるヘレンの姿を力なく見上げる。
「ふたりとも!さっきの水しぶきの音は何があった!?」急いで近寄ってくるロバートの声色が厳しい。
ロバートの後ろにはキャラリンも現れ、ゾッとしたような表情でヘレンに駆け寄る。もはや悲鳴にも近い声でキャサリンは言う。 「ヘレン!どうしてアリスをプールに入れたの!?ロバート、アリスは水に入らないって言ったじゃない!」 ハイヒールの靴音をカチャカチャと立てながら、キャサリンはヘレンをきつく抱きしめた。 「アリスは機械なのよ!ヘレンが感電でもしたらどうするの!?」
「それは大丈夫さ。RobotX社のモデルは感電防止措置があって……」ロバートは力なく説明する。
「アリスはあたしを助けようとしたの!」ヘレンが割って入った。「あたしが……深いところに行って、おぼれそうになって…… アリスが飛び込んでくれたの。」
ロバートはホッとしたように息を吐く傍ら、キャサリンは娘を抱きしめ続ける。やがて、彼女はむせび泣きながら肩を震わせ始めた。 「ヘレン、もう二度としちゃダメよ。分かったわね!?」
その姿を見ながら、思考がプロセッサーを駆け巡る。 自分のやった行動は分別を欠いた危険なものだった。数時間を乾燥に費やし、自分がどれほど自己保存プロトコルに違反していたのかを実感した。 だがあの瞬間の私にためらいはなかった。愛する人間が危険にさらされていて、自分はそれを救った。そして、それはとても良い気分だった。
この本は、Steam で無料デモとしてプレイ(読む)できる、近日公開予定のインタラクティブ ストーリーのプレイスルーの 1 つです。
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