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お弁当箱の中

 電車内での悪夢を見た日の午後。俺は、窓際の自席で弁当を食べていた。高校はちょっと小高い丘の上に位置していて、窓から臨む田んぼの黄金色が美しい。絵が描けたなら、この景色を油絵に仕上げただろうに。あいにく、俺の得意な表現方法は、形の曖昧な「文字」でしかない。


 そう思うぐらいに景色は美しかったし、俺の心を落ち着かせてくれる要素であったのである。


「羽田くん、お昼中にごめんね。体調、大丈夫になった?」


 早瀬さんが俺の机の近くに寄った。心配を掛けていることは分かっていたので、できるだけ晴れやかな顔を向けられるように努めた。……頬の引き吊った、不器用な笑みであることは相変わらずであるが。


「も、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました……」


 俺は、弁当を食べる手を止めて、早瀬さんの額の辺りを見つめていた。視線を合わせると、早朝の電車内のように過度の緊張が胸の内から這い上がってくるからである。


 俺の顔を見た早瀬さんの表情が、明らかに晴れ上がった。


「よかった~その言葉が聞けただけでも、うれしいよ」


「はい……」


 こういう時、どんな返事を返せばいいだろうか。先生とか、目上の人に心配をかけたなら、謝罪と感謝の意を率直に伝えられるのに、同級生である人を眼前にすると、言葉が出てこなくなるこれは、どういう現象だろうか?


——極度の口下手め。


 俺が手に持つ箸は、卵焼きを挟んだまま石像の一部のように硬直している。


「午後の文化祭の準備、楽しみだね。」


 気まずい沈黙を破ったのは、もちろん早瀬さんだった。


「う……ん……楽しみです」


 俺の口は、敬語とタメ語の混ざった、微妙な返事を返していた。同級生とは、やはり柔らかな口調で話すべきか。敬語は、あまりに距離感が離れすぎている。


 早瀬さんは、隣の椅子に腰かけて、弁当の包みを開き始めた。……まさか、俺の隣で昼食を摂る気か?どうして……早瀬さんにとって仲の良い学友は、俺の他に大勢いるはずなのに。


 同じバレー部の先輩とか、音楽の趣味が合うと話していた西園寺さんとか、女子の仲良しグループとか……


 それなのに、なぜなのか。


「ねぇねぇ、英語の小テスト何点だった?私、あんまり覚えられなくって、18点だった~」


「俺は……一応、満点取れました。30点、です」


「おぉ。流石、羽田くんだね。朝、いつも電車の中で教科書とか単語帳とか見てるもんね」


「その弁当……早瀬さんの手作り?」


「ん?そうだよ。忙しすぎる時は、ママに作ってもらってるんだけどね。羽田くんもお弁当、自分で作ってるの?」


「うん……」


「卵焼きの形、きれいじゃん」


 早瀬さんの、機関銃の如きトークは、止まるところを知らない。俺は、何とか隙を見つけ出して、弁当についての話題を引き出すことに成功した。


 箸は右往左往に迷って、何を掴むでもないし、背中は冷たい汗でびっしょりだった。……後でトイレに行って、タオルと汗拭きシートで背中を拭いておこう。あと、肌着の着替えまでしておこうか。


「早瀬さん……」

「ん、何?」


 俺は、思い切って聞いてみた。


「俺って、見ての通り話が下手なんですけど……なんで話しかけてくれるんですか?中学の頃から……」


 卵焼きを箸で摘まんだ早瀬さんは、こちらをちらっと見た。また、俺の視線と交わったが、それで視線を外すのも不自然だったので、じっと我慢して、石像のように固まっていた。


 早瀬さんは、教室の隅に集まって談笑する女子グループと、地べたで円を作って弁当を食らう男子グループを順に見た。彼女の、外側にちょっと跳ねて遊ぶ後ろ髪に太陽の光が当たって、清水の如き美しい光沢を見せた。


「えっとね……やっぱり色んな人と話してみたいし、色んな人と仲良くなってみたいっていう気持ちがあるからじゃないかな~多分、そういうこと」


 早瀬さんは、さも当然かのように言って、今度はミニトマトを丸々、頬張った。


「羽田くんは、たしかにお話が苦手かもしれないけど、内容は面白いじゃん?小説を自分で書いてる人なんて、私の知ってる人にはいないからさ。聞いたことない話を聞けるって、面白いのよ」


 相も変わらずインタビュー形式の会話しかできないが、人の気持ちを聞き出すことに成功した。それだけで、俺は成長できたのだと実感できていた。嗚呼、俺は中学生から高校生へと、歳を取っただけではないのだと。


 そうして、バイトの話とか、趣味の話とか、好きな音楽とか、嫌いな先生の話を永遠とも思える時間で共有して、ようやく昼食を食べ終えた。


「じゃ、午後の文化祭の準備でね」

「お、お疲れ様……また……」


 早瀬さんは、弁当の包みを持って、自席に戻っていった……と思いきや、今度は男子グループの方へと混ざっていった。会話の内容は俺の耳まで聞こえないが、空気に馴染むのがあまりにも上手だ。その才能を、俺に半分分けて欲しいものだ。


 ドッとした疲れに襲われた。人と雑談をすることは、やはり俺には向いていないようだ。



 席を立って、トイレの個室へ。汗を拭い、下着の着替えを済ませて、再び教室へ。小説のノートを取り出して、最近執筆を始めた社会学に関連した物語の続きを書き始めた。


——登場人物の会話文が自然に思い浮かんで、ペンがスラスラと進んだ。 

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